Home » 「働く広場」連載旅コラム「地球は狭いわよ」
2002年3月31日

バリアフリー地球旅行術 日本障害者雇用促進協会発行「働く広場」に連載された旅コラム「地球は狭いわよ」を紹介。
どれもこれも興味深いものばかり。タイトルをクリックして原稿を読んでください。



  1. 旅への誘い (「働く広場」2001年4月号掲載)
  2. 五感で旅する作戦 (「働く広場」2001年5月号掲載)
  3. アフリカケニアの動物サファリの旅 (「働く広場」2001年6月号掲載)
  4. 航空会社はどこまで助けてくれるのか? (「働く広場」2001年7月号掲載)
  5. トラベルボランティアの必要性 (「働く広場」2001年8月号掲載)
  6. 戦う障害者ツアー (「働く広場」2001年9月号掲載)
  7. 検証!バリアーフリーの宿 (「働く広場」2001年10月号掲載)
  8. 国内旅行インターネット活用術 (「働く広場」2001年11月号掲載)
  9. 企画は要、オリジナルな旅のデザインのしかた (「働く広場」2001年12月号掲載)
  10. 一生旅し続ける条件 (「働く広場」2002年1月号掲載)
  11. 基本的な考え方(1) (「働く広場」2002年2月号掲載)
  12. 日本の宿と自社仏閣の条件 (「働く広場」2002年3月号掲載)


バリアフリー地球旅行術(1)
「旅への誘い」


21世紀の旅、それは、ノートパソコン、携帯電話にオムツを携えた高齢者や体の不自由な人が、地球のあちこちを旅できるようになるでしょう。

といわれても、家の外にでかけるのでも精いっぱい。旅なんか「夢のまた夢」だ、という方も多いことでしょう。

しかし、大きな旅は小さな旅のつながったものです。日帰り旅行ができるようになれば、それを繰り返せば、3泊4日の旅になり、1週間から10日、そして2ヶ月間の地球一周旅行になるでしょう。ですから、小さな旅、家からの外出をバカにしないことが大切です。とにかく、誰の力を借りずに、自分の力で、家の外に出てみる冒険をしてみましょう。

体の不自由な方を旅に誘ってみると、2種類の方に色分けされます。ひとつは、自分のできることでも、健常者がそこにいればやってもらっちゃおうとする人、したたかな人ですね。もうひとつの方は、どんなに重度の障害をもっていても、自分の意志をはっきりもっていて、自分のできることは自分でこなそうとする人です。

国内、海外を問わずツアーに参加する場合、生活介助の必要な人は、介助者同行が必要です。一方、生活介助の必要ない人は、その人が望めば、どんなに重度の障害を持っていても単独参加してもらえます。しかし、そうありたいという願望ではなく、現実面でクリアーしなければなりません。

生活介助とは、食事の介助、排泄の介助、入浴の介助、着替えの介助、日常的な連続介助(車いすを押す、目が不自由な人の手引きなど)の5つを指します。

詳しく見てみましょう。旅における食事の際の介助とは、出された料理を一口大に切ること。その料理を体の不自由な人の口に運ぶこと。旅に出ると朝食などはバイキングスタイルが多いですが、その食事をこぼさず大皿に取り、コーヒーなどもこぼさずテーブルまで運ぶことも含まれます。

排泄の介助とは、知らない土地の初めてのトイレの入り口まで連れていき、どこに便器があり、紙、排泄物を流すボタンの位置、ドアの鍵などを知らせることに始まります。障害によっては、抱きかかえて便器に座らせたり、用が済んだら車いすに乗り換える必要がある場合。排尿、排便の後にお尻を拭く必要がある場合。女性の場合に生理の世話が必要な場合があります。

入浴の介助とは、裸になる着替えから始まり、滑りやすいバスルームに車いすごと、もしくは手を引いて誘導し、湯船の中に入ってもらう、体を洗う、頭を洗う、バスタオルで拭き、部屋に戻り、着替え、水を飲ませ、後かたづけという介助になります。

着替えの介助は、朝、晩だけでなく、食べ物をこぼしたり、排泄に失敗したりした場合、旅の途中で温泉やプールに行った場合に回数は増えます。

過去に私が23本企画・実施してきたツアーは、バリアフリーツアー最前線に位置し、体に障害のある人と健常者と共に旅しながら、ルール作りも合わせてすすめてきました。その結果、それが今旅行会社各社のバリアフリーツアー実施のルールになりつつあります。
さて、「自分は障害者だからなにもできない、しょうがない」、と思っている人へ。その考えはお捨て下さい。「自分はチャレンジャー(挑戦者)であるから、できる」に置き換えてみるのです。自助具を駆使し、あなたに飽くなきチャレンジ精神があれば、地球のどこまでも旅できる環境はじょじょに整いつつあるのですから。

大切なのは、あなたは体に障害を持っているが、なにができて、何ができにくく、何ができないのか、現実面を把握することから始めて下さい。そして、バリアフリーの道ができるのを待っているのではなく、あなたもその道を作る側に参加するのです。

「ネバー ギブアップ!旅をあきらめないで!」



バリアフリー地球旅行術(2)
「五感で旅する作戦」


モンゴルのゴビ草原へ車いすの人たちを誘ったツアーのことは一生忘れることは出来ないでしょう。ゴビ草原の空港に滑走路がなかったし、前日に雨が降ると、水たまりをよけて、飛行機が草原に着陸するというアバウトなやり方でした。目安も自然のものばかり。昼間は太陽と風の方向、夜は星と月。360度大草原の中に、車が通った跡がありました。それが、いわば道ということになります。しかし、そのわだちの跡を車で走ると、わだちに車の車輪がもっていかれるのでした。道が道でない。思い切って草原を車で走るとうまく走れるのです。道は道ではない。モンゴルのゴビ草原は360度無限大の道である。 そのころは私は旅の分野でライフワークのテーマさがしていました。実は見つかりかかってぃたのですが、自分に障害がないので、果たしてやれるものか、自信がもてませんでした。みつけたテーマは、「一生人が旅し続けるためにはどうしたらいいか。」 モンゴルのゴビ草原では360度が道であるということ、それは私に大きな勇気を与えてくれました。360度が道なのだから、自分の信じる道を行け!人の後ろを歩くな、とおしえてくれたのです。

帰国後、様々な障害を持つ人の旅の可能性を広げようと、私は手探りでツアーを企画しはじめました。

まず最初に手がけたのは、盲導犬を連れた目が不自由な方が参加して楽しいツアーでした。パリとニースへ2月に企画しました。目が不自由な人に旅を楽しんでもらうにはどうしたらいいのか、を考えました。いろいろ考えたものの、結局、自分の旅に照らし合わせて考えてみたら、答えは出ました。健常者の場合、旅は目で見て楽しむものだという先入観があります。しかし、考えてみれば旅は五感で楽しむものです。視覚、味覚、聴覚、触覚、嗅覚の5つです。目が不自由な人は、視覚が使いにくいだけで、それ以外の感覚は、一般の人以上にとぎすまされています。そこで、あとの4感を駆使できる旅を考えることにしました。海辺の国境を歩く、国境の遮断機に触る、国境でそれぞれ両替の経験をするニースの海岸に降りて、地中海の水に触る、イタリアのサンレモまでバスを走らせ、イタリアのサンレモへ、本場の腰のしっかりしたスパゲッテイを食べに行ったのです。ちょうどサンレモの旧市街の市場がまだ開いていたので、ツアーの参加者に昼飯前に市場を歩くことを提案しました。ハム屋には、生ハムが陳列され、野菜、果物、魚、肉などを売る、勢いいい呼び声と共に、目が不自由な人にも、市場の喧噪は感じられたと思います。ツアーの一行はパリへ。セーヌ川の水に触り、殻つきのカタツムリ料理、エスカルゴを食べました。ある夜、モンマルトルの丘近くにあるキャバレー、ムーランルージュに出かけたとき、盲導犬は中に入れられなかったけれど、マネージャーの粋な計らいで、全員が、最前列に座らせてもらえました。フレンチカンカンの衣装をきた踊り子さんたちが、いっせいに舞台に出てくると、様々な香水の甘い香りがプーンと香りました。踊り子さんたちが足をあげたり、衣装をゆらす度に、プーン、ぷーん。私も目をつむってみましたが、嗅覚と聴覚を駆使すれば、ムーランルージュのフレンチカンカンも充分楽しめるのでした。

旅は五感で楽しむものということがわかりました。それ以来、どんなに少しの時間しかなくても、ツアーバスを降りて、その国やその土地の臭いをかげるように、時間を随所につくるように心がけています。それから、個人旅行ではなかなか突っ込んでいけない祭や市場などの人混みに、私の企画するツアーでは必ず行けるようにしています。オリーブ林があったらバスを止めて皆でオリーブの木の所まで行き、オリーブの葉や実を口に含んでみたり。その都度に歓声が上がります。

スペインへ盲導犬連れの人を誘ったときに、ドンキホーテとサンチョパンサの像に触ってもらいたいというプランがありました。しかし、マドリッドのスペイン広場のドンキホーテは高いところに像があるので、触ることが出来ません。そこで翌日ラマンチャ地方にバスを走らせたとき、アルカサール・デ・サンファンという町の真ん中広場にドンキホーテとツンチョパンサがいたことを思い出し、バスをその前で止め、ドンキホーテまで全員で突進。ちょうど昼下がり、土地っ子たちは皆のんびり木陰で憩っているところでした。高さが低いと思ったドンキホーテの像ですが、なかなか届かない。そんなとき私の意向を察知して、現地ガイドと添乗員が、カフェの中に椅子を借りに行ってくれました。そして、希望者はその椅子に乗り、ドンキホーテとサンチョパンサの像の一部に触ることが出来たのです。五感で旅する作戦は重要です。



バリアフリー旅行術(3)
アフリカのケニアの動物サファリの旅


アフリカ、ケニアの動物サファリの旅から無事帰国しました。今回のツアーの参加者は25名。健常者が16名、身体に障害のある人が9名。障害のある人のうちわけは視覚に障害のある人5名(全盲者3名、弱視者2名)、残り4名は脳梗塞や蜘蛛膜下出血の麻痺が残っている人が3名、高齢で歩けず、車いすで参加した人は1名でした。

ケニアの首都ナイロビから、5台のサファリカーに分乗してケニアの動物保護区を4カ所旅しました。1台のサファリカーに5~6人ずつ乗り込み、車内には車いす設置スペースはないので、車いすの人は運転手が抱きかかえて乗降してもらいました。動物保護区に入ると、車の屋根を上げて、そこからサバンナを撮影したり、双眼鏡でのぞいたりできるしくみです。ケニア人ドライバーたちはそろいもそろってスピード狂。私はたびたびスローダウンを命じました。が、それでも長時間の悪路を60キロぐらいのスピードで走りました。お腹がこなれるぐらいゆれたので、褥そうのできやすい人は無理かもしれません。保護区にある一流ホテルは、1階ロビー階に車いすトイレ、建物入り口にスロープがありました。コッテージタイプの宿泊棟の場合、庭から直接部屋に入るので使いやすかったと言えます。途中立ち寄ったマサイ族の村でも、マサイの若者が車いすを自然に押してくれました。

アフリカ滞在中、連日天気は良く、キリン、しまうま、さい、ライオン、チータ、だちょう、ハイエナ、そして象は100頭ぐらい見つけました。が、キリマンジヤロ山の近くの動物保護区アンボセリで、私の乗っているサファリカーが1頭の象に追いかけられ、ひやっとした場面もありました。

実は、企画者の私として、今回のツアーでの最大のイベントとして位置づけていたとがあります。ナイロビから    キロほど北にある赤道の上で、トイレを設営して参加者を誘っておしっこすること。その日バスを向けて、赤道到着。赤道には、アフリカの絵の真ん中に赤道EQUATORと描かれた大きな看板が1つ立てられて、土産物を売る粗末な小屋が数軒、軒を並べていました。さっそく看板のすぐ横に日本から持参した投げれば開く縦型テントと段ボール製の簡易トイレを設営して、皆で順々にトイレをすることにしました。待っている人は日本から用意していったお煎茶とおせんべいで乾杯です。

最初は半信半疑で遠巻きに眺めていたツアー参加者たちが、途中から話の種にしようと、トイレの前に長蛇の列を作りました。赤道にはっきりした線が描かれているわけではなく、現地の人の話によると赤道の幅は20メートルぐらいあるとのこと。当初心づもりにしていた南半球と北半球にまたがってトイレ体験することはできなかったけれど、皆このイベントに参加してくれました。国境近辺に暮らす原住の人たちも、土産物屋に入らず、トイレのテント前に並んでいる私たちの行動を不思議そうに見ていました。「あはは!」

いつもツアーを企画するとき、どうやったら、他の旅行会社が実施するツアーと差を出せるか、あれこれ考えます。他のツアーでやらないオリジナル体験を実現することで、ツアーの個性を光らせたい。しかし、ケニアの動物自然保護区では、車から降りることはできないので、オリジナル経験を創りにくかったのも事実です。赤道上のトイレ経験の他に実現したことは、途中のコーヒー園でバスを止め、コーヒーの木の所に集まり、代わる代わるコーヒーの葉や実に触ってもらったり、キリマンジャロ山近く、ケニアとタンザニアの国境まで車をすすめて、タンザニア側に徒歩で入り、ケニア側の町ナマンガの中心まで国境を皆で歩いたことぐらいでしょうか。

でも、なんといっても、備品として、どこにでも設営できる簡易トイレとテントを日本から持参したというのは、参加者に安心感を与えることができたのではないでしょうか。

モンゴルのゴビ草原、厳寒の北極圏についでアフリカの動物サファリへ。これで地球のどこまでもツアーを出せるという自信につながりました。



バリアフリー地球旅行術(4)
航空会社はどこまで助けてくれるか?


電動車いすでの海外個人旅行をしたい!この夏、英国からドイツの温泉バーデンバーデンへ。そこから鉄道でスイスへ向かい、山岳を車いすハイキングをしたいという電動車いすの男性と健常者の妻から、二人旅のコーディネートを依頼され、今、取り組んでいます。私のすることは、彼らの希望に添って旅をデザインし、信頼できる旅行会社に手配の依頼し、旅がスムーズに運ぶように監督します。そして、出発まで、旅の様々な相談にのるわけです。

まず航空会社選びですが、車いすの旅の場合、少々航空運賃が高くても、日本国籍の航空会社を選ぶこと。そして航空会社で直接購入可能なゾーンペックス運賃の航空券を買うことをすすめます。

日本の航空会社を選ぶ理由は、往復路共に日本的なきめ細かなサービスを期待できるという点です。機内で飲み物を飲むことを我慢しなければならないよりは、トイレに行くサポートを快く得られた方が快適でしょう。

ゾーンペックス運賃は最寄りの旅行会社を通じても買えます。様々な旅行会社でディスカウント航空券という名の下に、中間に流通旅行会社がいくつもあるようなはっきりしない航空券も売られているので、激安さを求めて非合法のディスカウント航空券を手に入れることは危険です。ペックス運賃であれば、予約の際に個人名がはっきり航空会社の予約者名簿に入りますので、航空会社に対して旅行会社から流されたはずのサポート内容を、直接確認することができます。

車いすで飛行機旅行する場合、予約のときに、自分の車いすで、乗る飛行機の乗降口まで行きたいと主張します。とてつもなく重い電動車いすはスーツケースを預けるときに、車いすも預け、空港備え付けの手動の車いすに乗り換えることになることが多いですが、手動車いすや手動に切り替えられ、バッテリーも乾式のお豆腐大で、持ち運びができるような重さ40キロ程度の電動車いすの場合、飛行機に乗り込む直前まで乗っていくことができます。もっとも航空会社によっては、頑固に、「車いすはスーツケースや他の荷物同様に早い時期に預けなさい」と、いうところもあります。そういうときは、可能な航空会社の例を出して戦ってください。空港ビルの中を自分の車いすでいくのと他人の車いすでは安心感が違いますもの。

さて、機内の座席はトイレに近い通路側の席で、ひじかけが上がる座席を指定しましょう。機内でトイレにいきたくなったら、客室乗務員を座席の近くにあるコールボタンを押して呼びます。そして、機内用の車いすを準備してもらい、トイレまで押してもらいます。

機内スタッフにどこまで助けてもらえるか。下着をおろす手伝いは日本の航空会社でもしてもらえません。トイレの便座に腰掛けるところから、下着をおろし、排泄を済ませ、下着をあげることは、あなた自身でこなすか、あなたの旅の同行者に頼む必要があります。機内のトイレは総じて狭いので、トイレの扉をあけっぱなしにしないと、うまくいかない場合があります。このときは、毛布で目隠しすることを客室乗務員に頼みましょう。

機内のトイレ作戦ですが、これはいつも前倒しで用足しをすませることをすすめます。
飛行機は空を飛んでいるので、水平飛行になっても、気流の悪いところを通り、座席ベルト着用のサインがずっとつきっぱなしのときもあります。そんなときあわてないで済むように、離陸して、機内食がサーブされる前に、まだトイレはいかなくてもいい状態でも、客室乗務員が手が空いているときにサポートを得て、機内トイレ経験をしておくことをすすめます。

また、身体に障害のある人は、出発の飛行機は一番最初に乗りますが、着陸したら、最後に降ります。その日の移動に無理な日程を組まないこと、そして万一のときに備えて、その国で使える携帯電話をレンタルで準備していくと心強いと思います。障害を持っていても、基本は自己判断、自己責任です。甘えず、さわやかに旅しましょう。



バリアフリー旅行術(5)
「トラベルボランティアの必要性」


1月に京都に独立させたジャパン・トラベルボランティア・ネットワークの会員が、このほど100名を越えました。しかし、専従の事務局スタッフと、事務所経費はとてもまかなえません。が、若い事務局代表は清貧に徹してがんばっています。

このNGOの活動は、旅大好きな健常者が、旅大好きな障害者の旅立ちをサポートするというもの。福祉の分野からではなく、レジャーの現場から、同じ会員同士を結びつけ、旅先介助者を紹介するというものです。特定の地域や福祉団体に所属している介助者ではなく、日本全国に会員は個で存在しています。つまり旅大好きな、全国の会員たちの旅行介助支援組織といえるでしょう。身体の不自由な人がこの会に登録すれば、、家族や親類に旅立ち支援してもらえない人でも、同じく登録している健常者(トラベルボランティア)のサポートを受けて、個人旅行、海外旅行を問わずに、単独で海外、国内旅行にでかけられる可能性が開かれたと言えます。インターネットのホームページでは、トラベルボランティア募集の告知や、トラベルボランティアした経験談などが掲載されています。また、会員の自己PR文もいきいきと載せられています。

実はこのNGOの前身を私がスタート。1997年夏、アメリカツアーに参加してきた健常者に、同じツアーに参加したい車いすの人のサポートを有償でお願いしたことにはじまります。その後、私が企画するツアーでは、トラベルボランティアとして介助した人、トラベルボランティアから介助を受けて旅を実現できた人の両者をあわせて、101名もの人が旅立ちました。ずっと自分の企画するツアーでノウハウを蓄積してきたのです。

思いの外、多くの人にこのシステムが支持され、と同時に一般の旅、一般のツアーで出発したい人もちらほら出現し、もっと広い範囲の活動へと移行させる必要性を感じることになりました。そこで、今年1月1日から若い世代に引き継ぎ、その活動を側面から支援していくことにしたわけです。

3月に実施したアフリカ、ケニアへ動物サファリのツアーでも、6名の健常者が4名の障害者をサポートして旅立ちました。これもこのNGOの会員同士の助け合いで、実現したことになります。

その中から、脳梗塞麻痺で歩行不可、言語障害もある夫72歳と共に参加した妻(71歳)のコメントを。
「無償ボランティアをしたことも、してもらったこともありますが、後がめんどうです。有償というやり方はいいですね、相手にお会いするまでは大変心配でしたが、いい方に巡り会いました。夫は自分で自由がきかないので介助する人も大変だったと思いました。トイレは2人がかりで、介助者が車いすから便座に、私が中に入ってパンツとズボンをさげるとトラベルボランティア(TV)が腰掛けさせてくれました。大便の終わった後は、TVが立ち上げてくれ、私がおしりをふき、パンツとズボンを整えると車いすに移してくれました。時にはTVが便座をトイレットペーパーで拭き、腰掛けさせ、尻まで拭いてくれました。」

この夫婦を担当したTVは、海外勤務が豊富なサラリーマンをリタイアした58歳の男性でした。そして、本日、このコメント主から電話で、次回のツアーにトラベルボランティアした彼の旅行費用を半額負担するので、彼と再び旅に出かけたいという嬉しい電話が入りました。

老後は誰でも身体に障害を持つ可能性があります。そのときになって旅立ちたいと思っても、今の社会状況では、家族もしくは日当を払ってプロの介助者を旅先に自前で連れて行くことが必要です。 そのため、旅行費用は最低でも2人分、排泄介助や寝返り介助などを必要とする人の旅立ちであれば、その限りではありません。つまり、身体が不自由になった場合、家族にささえられるか、お金持ちでないと旅立てないことになります。ひとりになったときでも、身体が不自由になったときでも地球のどこまでも旅できるようにしたい!  このNGOが順調に日本社会に根をはって育っていけますように!

●ジャパン・トラベルボランティア・ネットワーク事務局
〒603-8175 京都市北区紫野下鳥田町25-8
電話&FAX=075-495-1281
ホームページ:http://www.womanstravel.net



バリアフリー地球旅行術(6)
「戦う障害者ツアー」


某ラジオ番組のディレクターから電話がありました。どこの国のバリアフリーが進んでいるか。意外に進んでいる国はどこか、と。しかし、ツアーを作り同行する現場経験を積んできた私としては、こういうイージーな質問に対しては、ニコニコできません。「点でとらえるか、線でとらえるか、面でとらえるのか?それに、誰に対してバリアフリーなのですか?」と逆に質問を返してしまったのです。

ちょうど1年前、イタリアのカプリ島へツアーを企画したときの、「青の洞窟」行き船組合の障害者乗船拒否事件が思い出されます。出発の1ヶ月前、カプリ島の船組合が拒否していると旅行会社から電話が入りました。 なぜ、ダメなのか!

納得できなかった私は、旅行会社を通して船組合に問い合わせしました。
1.青の洞窟になぜ入れないのか。その理由。
2.障害者とは誰のことを指すのか。その点を明確にすること。足の不自由な人か、目の不自由な人か、高齢の人か、内部に障害を持っている人か?目に見える障害の人か? それによって、対策が考えられる。
3.どこの誰が拒否しているのか?その人の肩書きと名前をあきらかにすること。
4.カプリ島観光協会、イタリア観光省、イタリア政府に対して、旅行会社とツアープロデューサー・企画者としての私が連名で手紙を送ることもありえる。協力を要請するメールを誰宛に送ればいいのしっかり調べること。 
5.交渉する現地スタッフは、できる、やってみようというポジティブシンキングの人にすること。無理だと思っている人が交渉しても、現状突破できない。
6.青の洞窟に入れることになった場合、参加者には自己判断、自己責任を徹底させること。万一の時のために浮き袋を持参する、乗り移るときのサポーターとして力持ち男性を2名同乗させる、船と船の間に板を渡す、青の洞窟前にはしけを設置するなど。対応策を講じる必要アリ。

これらをぶつけてしばらくしてから、現地の船組合が折れてきたと連絡が入りました。やったー!

責任の所在を問われて、また障害者とは誰のことを言うのかとの問い合わせに、明確な答えが出せなかったと思えます。

こうして、めでたく青の洞窟に行けることになったのですが、今度は安全面に万全を期さなければなれません。ツアー主催会社と私は以下の点を申し合わせました。
「青の洞窟の唯一の見学手段は海からの入場となる。洞窟が狭いため、大きめの船 (24名乗り2漕の予定)にて港より洞窟入り口前まで移動し海の上で手漕ぎボート(4~5人乗り)に乗り換えて、船の上に伏せる状態での入洞となる。盲導犬も乗せていくが、小舟には乗り換えできない。ライフベストは全員分を準備。船乗りも多めにつける。洞窟に入る時の合図の仕方は現地対応。天候などの関係で「波が高い、荒れている、潮が高い」場合は船の運行を取りやめることがある。その場合は洞窟に入れない。そのことをあらかじめ参加者全員に了承してもらう。盲導犬連れ同伴の人へは、船会社より「盲導犬乗船の際。口輪をつけて欲しい」というリクエストが届いている。極力使わない方向だが、万一の時のために、持参してもらう。」当日は波が高く、あいにく青の洞窟入場はできませんでした。が、船を出して、青の洞窟前まで行き、青の洞窟に入ることができないという状態を全員に見てもらい、納得してもらったのです。そして、代替え案としてカプリ島周囲を船で観光し、アナカプリの町観光に旅程変更することにしました。

ツアーはいつも戦いです。出発前、現地でと、思わぬところから、思わぬ事件が勃発するから、気を抜くことができません。が、だからこそ、新発見があり、おもしろくてやめられないということなのでしょう。



バリアフリー地球旅行術(7)
「検証!バリアフリーの宿」


今年の夏は、北海道を2週間、軽自動車でひとり旅した。旅の原点を極めたいという思いからだが、もしかすると、足の向くまま気の向くまま、仕事ぬきの長期ひとり旅は、19歳、大学2年の夏に、北海道を22日間リュックを背負って旅した時以来 かもしれない。思い切って軽自動車で旅に出かけたのは、電動車いすの人の旅を思い浮かべたからだ。

根室の手前、霧多布湿原に面したペンションで案内された部屋の窓から、湿原が一望できた。真紫色の菖蒲(しょうぶ)が数え切れないほど咲いていた。少し前はオレンジ色の蝦夷かんぞうが咲き乱れていたらしい。聞き覚えのあるツルの声が聞こえた。ペンションのオーナーによると、子育て中らしい。湿原の中に川まで500メートルぐらい、木道がこしらえてあった。木道は車いすでも進める。自然環境を保護するためにトラストを作ったとのことだが、その人の作ったペンションが狭い階段だらけで、全くバリアフリーに配慮されていないことには違和感を覚えた。自然環境と同時に、人間の側へのやさしい環境作りにも取り組んでもらいたい。バリアフリーの展望風呂や部屋から、あんな素晴らしい原生花園を見ることができたら、なんと素晴らしいことか。

弟子屈の風曜日に1泊させてもらった。摩周湖に一番近く、すべての部屋が完全バリアフリーに徹したペンションである。メジャーを取り出し、測りまくった。まず廊下の幅は187センチ。両側の壁に床から80センチの高さの所に木製の手すりがつ いている。部屋の入り口の引き戸を引いた内側の幅は93センチ。部屋の中はもちろん段差はない。そして、気になるトイレとバスルームだ。トイレと洗面室の引き戸をあけた正味の幅は90.5センチ。トイレはもちろん暖房便座のシャワートイレで、紙とお尻洗浄ボタンは、便座に座って右側の低い位置にある。洗面台の下は、車いすの人がアプローチして顔を洗えるように高さ52センチがあいていた。

風呂へはさらに3枚引き戸を引くと、2枚の戸が全開する形で、幅は75センチ。もちろん段差はない。洗い場も完全バリアフリーだ。たいてい障害者ルームの風呂はシャワーのことが多いが、ここには大きな湯船があって嬉しい。シャワーは取り外し 可能で、高さを変えて固定もできる。バスタブまでの洗い場の幅は79センチもあり広い。バスタブに入る際に、一旦腰掛けられる幅30センチほどのへりがついていた。手すりはL字とI字の手すりが少なくとも5つ。引き戸の表と裏にも取っ手を兼ねる手すりがついていた。

その後、サロマ湖を経て、紋別へ向かった。この町は真冬の流氷観光に力を入れている。オホーツクタワーが沖合1000メートル、海底10mの海中の様子を観察できるように作られている。氷海展望塔は、海が凍り付く地域の海中に建てられた建造物として世界で初めて建設された、とある。ここも車いすで行けるバリアフリー対応である。シベリアのアムール川から大量の雪解け水かせ流れ込み、海水の表面が塩分の少ない海水で覆われるため、凍って、2000キロの旅をするのが流氷である。残念ながら、紋別にバリアフリーの宿は8月はじめ現在みつからなかった。

稚内に向かう紋別の北、雄武(おうむ)にあるオホーツク海に面したホテル日ノ出岬は3階の洋室6室と2室の和室がバリアフリー対応となっている。オホーツク海に面した大浴場も入り口の段差は全くない。車いすからスライドして湯船に入れる重度障害者対応の浴室も作られていた。障害者用の洋室のベッドは、昇降して姿勢を起こすことができ、ベッドで身体を起こした状態でオホーツク海が望めた。これからの時代、宿泊施設は基本がバリアフリーであることが求められるだろう。全館に車いす用トイレと障害者ルームがひとつずつある。あとは段差だらけ、なんて宿泊施設を作る発想は、いまや時代遅れになりつつある。



バリアフリー地球旅行術(8)
国内旅行 インターネット活用術


車いすに乗っている人や、白い杖をついている目の不自由な人が単独で旅に出るとき、最寄り駅から目的地まで行くのに、駅員の助けが必要である。時刻表が手元にあればいいが、いちいち、最寄り駅に何時の列車があるか、問い合わせ、乗り換えの詳細を聞くのは骨が折れるものだ。ヤフーの路線情報 http://transit.yahoo.co.jp/ にアクセスすると、飛行機便も含めた出発地から、目的地までのルート、時刻、かかる費用、乗り継ぎ時間、駅の構内地図、駅の周辺地図などを画面で見ることができる。必要な人はそれを印刷したらいいい。そして、階段を上がるなどのサポートを必要な人は、助けて欲しい駅に依頼をFAXかメールで書く。その方が証拠が残るし、予告した方が、相手も動きやすい。どんな場合でも、大切なのは、間に入る人を全面的に当てにしないこと。自分のことは自分で確認するという覚悟が必要だろう。

リフト付きのタクシーや移送サービスを利用したい人もいるだろう。リフト付きタクシーについては、各都道府県の福祉課に問い合わせてみよう。車いす対応のリフト付きの車のレンタカー会社で全国的なネットワークのトヨタレンタリース http://rent.toyota.co.jp/ の特殊車両ウェルキャブを当たるとよいだろう。

国内線の飛行機に乗りたい場合、国内線各社に問い合わせよう。国内線.comhttp://www.kokunaisen.com/counter/reservation/index.jsp は国内線大手三社日本航空、全日空、 日本エアシステム、の情報がいっぺんに入る。それぞれのホームページにもすぐ飛べて、自分の乗りたい飛行機便に、特割りとか、e割とかの割引運賃が適用になるかとか、フライト時刻、空席の有無などすぐ調べられて便利だ。東京/福岡間を飛ぶ人はスカイマークエアラインズ http://www.skymark.co.jp/ を当たってみよう。障害者割引が13800円で、障害者手帳が1種の場合は介助者も1名割引が適用になる。北海道に行く人はエアドゥ(北海道国際航空)http://www.airdo.co.jp/ が比較的に安い。国内のバリアフリー対応の宿を探すときに旅行会社最大手JTBhttp://www.jtb.co.jp/ は便利だ。まず国内宿泊を選び、スーパーサーチにして、ハンディキヤップ対応を選び、地域を指定すると、いくつか一般のホテルや旅館が出てくる。予約をするしないは別にして、バリアフリー対応の宿があるのかないのか、調べられるので嬉しい。温泉ネットワーク http://www.yadotomaru.com/roombank/menu/bfree_hotel_list.htm の「身障者に優しい宿」や「車いすの宿」http://www7a.biglobe.ne.jp/~fum/wc-hotel/ も合わせてみると、より信頼できる情報に近づけるのではないだろうか。

旅の本を手に入れたいときは、オンライン書店に注文するのが役立つだろう。アマゾンドットコムhttp://www.amazon.co.jp/ を例に取ろう。たとえば、拙著の「障害者の地球旅行案内」(晶文社刊)の書名を打ち込むと、画面上に本の表紙と定価など
が出てくる。イメージを拡大をクリックすると本の表紙が拡大される。著者名をクリックすると、その人の書いた本がズラっと出てくる。本を買いたい場合はそれぞれの本の「シヨッピングカートに入れる」をクリックする。現在国内配送は無料だ。クロネコヤマトのブックサービス http://www.bookservice.jp/bs/PSRGTP0101.do?doInit=book は違う出版社から出ている複数の本を注文する場合も送料は全国一律380円だ。本を注文する前に松本要さんのオンライン書店利用法http://www.tcp-ip.or.jp/~mt2knm/etc/online.htmlを読んでから本の注文するとよい。案外オンライン書店の弱点として、新刊書の取り寄せに向かないとの指摘があった。書店に出てしまって在庫がないのだそうだ。日本の交通関係URLライブラリー http://www009.upp.so-net.ne.jp/mmpapa/ は、日本国内の乗り物会社のホームページのリンク集である。都道府県別になっているので活用すると、問い合わせに無駄な労力を使わないですむ。赤十字語学奉仕団が作った東京のバリアフリーガイドブック、アクセシブル東京 http://accessible.jp.org/ 日本語版は、東京を観光したい人におすすめだ。

海外や国内へひとり旅やツアーで出かける場合で、真剣に旅先介助者を見つけたい場合は、ジャパン・トラベルボランティア・ネットワークhttp://www.womanstravel.netの会員同士の助け合いというシステムで、日本全国の会員にインターネット上から呼びかけて介助者を探すことができる。さあ、インターネットを活用して、旅に出かけよう!



バリアフリー地球旅行術(9)
企画は要(かなめ)、オリジナルな旅のデザインのしかた


この夏の終わりに、体に様々な障害のある人とない人が混ざって、参加者約40名でヨーロッパを旅してきた。ツアーの行き先はベルギー・オランダ・デンマーク。よく誤解されるのだが、私は障害のある人が参加しやすいツアーを企画してはいるが、障害のある人のためにだけツアーを創っているのではない。というのも、旅慣れた健常者がぜひ参加したいという気持ちにならないと、単独参加したい障害者を旅先で有償介助するトラベルボランティアを獲得できない。今回のツアーでは幸い9組のトラベルボランティアの組み合わせが実現できた。

このほど、ツアーの参加者からのアンケートの集計が終わった。果たして訪問先として選んだ場所やイベントは支持されたのだろうか? まずツアーで行って来たすべての訪問先20あまりを提示して、上位5番まで選んで書いてもらった。もどってきた返事で1位は5点、5位は1点として算出した。

ブランケンベルクはベルギーの北海沿いにあるリゾートで、この町で年に1日だけ開かれる花のパレードにツアーの日程を合わせることにした。パレードを見るとすれば、体の不自由な人に立ってみてもらうわけにはいかない。そこで、座席を全員分とることを必須の条件として旅行会社に手配してもらった。たいてい障害のある人が参加するツアーの場合、人混みをさけて、祭りのときには行かないのが旅行業界の常識だが、私はあえて、祭りに出かけていく企画にする。しかも、あまり知られていない、土地っ子たちが集う祭りを選んできた。その方が土地っ子たちの集う様子が分かって、楽しいからだ。今回の花のパレードは第1位、64点を獲得した。参加者の満足を十分得たと言える。

キンデルダイクは子供の堤防と訳し、オランダの西、ロッテルダムの郊外にある風車の名所である。ここで風車の内部を見学をするだけでなく、運河沿いの陽の当たる小道でお弁当を食べるピクニックの時間を作った。たいていのツアーは車窓から見学か、降りても風車の中まで入らない。が、私はここでピクニックを体験することが長い間の夢だったのだ。ここには20代の頃にガイドブックを書くために一人旅で訪れている。その後、7歳の娘の手を引いてヨーロッパ子連れ旅をした際に、ここにやってきた。そのとき、こんなところでピクニックできたらどんなにハッピーだろう、と思った。その娘も22歳になっているから、16年ごしで暖めてきた企画と言える。このキンデルダイクの風車見学とピクニックブランチが第2位、60点を獲得した。3位はベルギーのブルージュから7キロ離れた町ダムからブルージュまで戻るのを運河の船旅にしたことが評価された。バスはその日1日中チャーターしてあるのだから、一般のツアーでは当然のようにバスで戻るところだ。そこをあえて船を使うということは、車椅子使用など、体に障害のある人の乗り降りの問題も懸念される。しかし、個人旅行では決して実現できない、他のツアーでは商品化していないオリジナリティを発揮するのに、この運河の船旅ははずせなかった。その結果、56点を獲得した。4位は国境をジグザグ、国境の村を散策が46点とった。ベルギーとオランダは仲のよい国だが、国境がたくさんの場所で接していることに着目した。きっとおもしろい国境があるに違いないと。ある町の中心広場で全員バスを降りた。この町では住宅街のまん中の道幅10メートルもない道がベルギー領とオランダ領にわかれていた。遮断機はないが、道の両側に道標があった。皆で手をつないで道幅を確認したり、小道を散策したり。国境をあっちこっち歩き、地続きの国境を参加者たちに遊んでもらえたと言える。

ここで注目に値することは、ブリュッセルの世界遺産に登録されている中心広場グランプラスの夜景と夜の散歩(41点)は5位に入り、ブリュッセルの朝、蚤の市、花市の散歩(28点)は8位に入ったことだ。このことは体に障害があるなしに関わらず、旅人たちが、自分の足で、その町をできるだけ歩いて実感したいと望んでいるということがわかる。もしかすると、雑誌のグラビアやテレビなどで、詳しく紹介される歴史的な建物見学や既存の観光地に飽きているのかもしれない。

アンケート調査、これは、ツアーが終わった後につきつけられる、ツアーを企画した私と主催した旅行会社への通信簿である。いつも厳粛な気持ちで受け止め、分析し、次の企画に反映させられたらと願っている。大切な貯金をツアーのために使う人々のために、企画は要(かなめ)である。決して気を抜くことは許されない。



バリアフリー地球旅行術(10)
「一生旅を続けられる条件」


近年、善意+有償のトラベルボランティアに介助されて単独で旅立つ障害者が増えてきた。介助者として家族を連れれば旅行費が少なくとも2倍かかるが、トラベルボランティアなら、数十%増しですむという利点がある。私もその種のバリアフリーツアーをプロデュースして、障害のある人の旅立ち支援にずっと取り組んできたが、最近、イエローカードやレッドカードを手渡したい障害者の姿がちらほら目に付くようになってきた。要求がきつく、わがままな人である。特に高学歴でバリバリ仕事をしてきた後に身体的に障害を被った人々にその傾向が見られる。自分もいずれ大いにあり得ることなので、老後、身体が不自由になったときでも、旅を続けられる条件を整理しておこうと思う。

まず体重を軽くすることである。旅先にプロのヘルパーをふたり同行させられるほどの金持ちでない限り、同行する他の旅人の善意に頼らざる得ない。その場合、できれば体重は50キログラム以内に押さえたい。というのも、下肢障害で立ち上がれなくなった場合に車椅子を使うことになるが、町中を歩くのに軽量の電動車椅子を使い、歩道と車道の段差を乗り越えるときはなんとかいけるとしても、トイレや入浴は誰かの力を借りなければならない。たとえば自力で立ち上がれない場合、車椅子から便座へのトランスファーや、湯船に入るため、バスタブの縁に座らせてもらうとき、一旦、介助者に抱きかかえてもらって立ち上がり、そのあと、便座に座らせてもらわなければならない。そのときに、一人の力でサポートしてもらうには、やはり現実的に体重が問題になる。はじめの1日は笑顔だったサポーターも、疲れがたまるのと比例して、笑顔は2日目から途絶えてしまうだろう。現時点でxxキロオーバーの私は、その日までになんとか体重を減らしておかなければ、と願う。

しかし、それ以前の問題として、介助者に嫌がられる障害者とはどういう人だろう?やはり、感謝する心と介助者への配慮を怠る障害者は、その体重の如何に関わらず、愛されない。介助を頼むことで卑屈になる必要はないが、感謝する気持ちや介助してくれる相手へのいたわりの心は、常に持ち続けなければならない。旅行中の介助の場合、慣れ親しんだ生活空間での介助とは全く異質のものである。介助される側は新しい設備のホテルで不安かもしれない。手すりの位置も自宅とは違うし、タイルも滑りやすいかもしれない。が、それ以上に介助する役割を担う側はもっと不安感は大きい。なぜなら、知らない環境下で、相手の性格も障害の状態もよくわからない人を介助する立場に立たなければならないのだから。日々、介助される側は介助者のストレスを軽減するために、精いっぱい心を砕く必要があると思う。幸い、旅の場合、毎日が新発見であり、楽しいものに出会える。だから、誰にも束縛されない自由時間を介助者に小刻みにプレゼントすることができる。「私はここで景色を見てますから、あなたはいってらっしゃい」。また、冗談を連発する、相手の興味のありそうな話しができるなど、介助者にとって、おもしろい人、勉強になる人、興味深い人でありたい。

また、身体に障害を持った場合、貪欲、欲張りは禁物である。かつて自分は元気だった頃の、なんでもやれた時代の意識に戻ってはならない。悲しいけれど、悔しいけれど、セルフコントロールする。自分の障害を受容することである。たとえば、ツアーで旅に出て食事がついていない夕食の場合、他の人が外出し、レストランで食事すると聞くと、自分もなんとか一緒に連れていってもらいたいと思う。しかし、それを主張すれば、介助者に負担がかかることになる。しわ寄せては、決して介助者とよい関係は結べないだろう。外食はきっぱりあきらめ、ルームサービスか、観光の途中で食べ物を買って部屋で食べるということに決める必要がある。そのときの欲望を制する整理のしかたは、「無理だと思っていた旅に出られたのだ。旅先の空気が吸えただけでも幸せではないか。介助者がいたからこそ旅立ちが実現できたことなのだ」と。

善意に甘えすぎたり、自分の強欲さを押さえられない人は、トラベルボランティアという、善意のある人々に介助されながら旅する資格ははじめから与えられないだろう。ビジネスライクにお金をたっぷり払ってプロを雇い、自分の意のままの旅をすべきなのだ。
善意に対しては、善意で返すレベルの高い意識が求められるのである。



バリアフリー地球旅行術(11)
「基本的な考え方」(1)


よく、目が不自由な人はどうやって旅を楽しむのか?と質問を受ける。そういう質問をする人は、旅は足で歩き、目で楽しむものだと思いこんでしまっている場合が多い。

そういう人に限って、旅先でカメラのシャッターばかり押して、帰宅してみると、はあて、この写真はどこで撮ったのかと、あまり覚えていないことが多いのではないだろうか。目が見えると、ついそれに頼りきりになり、他の感覚を使わないことが多いから印象が薄いということなのだろう。その点、目が不自由な人は視覚が使えないか、使いにくい分、他の4感、味覚、触覚、嗅覚、聴覚を最大限に発揮して行動する。そして、旅から帰国しても、行った場所の印象や食べたものをしっかり言い当てる人が多い。ひとつひとつのシーンをそのつど4感で脳に印象づけている結果なのだと思う。びっくりするのだが、彼らは、風の吹き方で海が近いか、室内の音の反響の仕方で吹き抜けかどうかわかってしまう。だから、健常者よりはるかに感性がとぎすまされていると言える。一緒に旅してみて、「おそどさん、きょうは疲れているでしょ?」と言い当てる人もいる。旅に同行して、彼らの力にはいつも驚かされてばかりいる。

こんなことから、いつも私は思う。旅は旅人たちに平等なのだ、と。身体的な障害の有無にかかわらず、自分の持てる感覚を全開にできた人にだけ、旅の楽しい思い出を鮮明に残してくれるのだ。 さて、そんな旅を構成する3要素は、移動、観光、宿泊である。これらをバリアフリーにしようと思ったら、まず目指す形、基本的な考え方から組み立てることが重要だ。今、世の中には聞きかじり、はやり、乗り遅れまいなどの気持ちが入り交じった、場当たり的なバリアフリーの発想が渦巻いている。

バリアフリーの旅の基本は、自分がもし身体に障害をこおむった時、どんな旅をしたいか、ということである。たとえばあなたが手動車椅子を使うことになったとして、
1.伴侶、友人、兄弟に車椅子を押させて旅をするのか?
2.介助者を雇って、
3.誰の助けも借りずに、車椅子を自分で漕いで旅したいのか?

伴侶に車椅子を押してもらい旅しようという考えの人は、それ以前の夫婦関係がまず問われる。亭主関白だった夫が脳梗塞で身体に麻痺が残っても、なかなか妻に車椅子は押してもらえないだろう。心から慈しみ合っていても、高齢になれば、多かれ少なかれ身体のどこかに故障があるものだ。体力的に旅行中ずっと車椅子を押していくのは、重労働すぎる。関係を壊さないためにも、友人や兄弟にもあまり期待してはならないだろう。

とすれば、介助者を雇うということになる。が、プロの介助者を旅先に連れて行くには、その人の旅行費用を支払うのはもちろんのこと、日当を出さなければならない。つまり旅行費用は日当を含めれば、最低2倍半はかかる計算だ。また介助者をどういう視点で選ぶか。福祉のプロにするのか?介護面では素人だが、旅を楽しませてくれようとする旅慣れた人にするのか? 私が過去に見た例から、旅に福祉のプロを連れて行っても旅を本当の意味で楽しませてもらえないことが多い。その理由は、「無理です」「危ないです」「やめたほうがいい」と禁句が多く、旅における最大のごちそうの「自由」を大切にしてもらえないからだ。つまり介助者を連れて旅する場合、お金は余計にかかるし、旅人の希望をかなえることや、良い人間関係を結ぶのには双方にかなりの努力がいる。

伴侶もプロの介助者も期待できないとしたら、自分で車椅子を漕いで旅する道、自分だけで旅できるようにしておくことが必要であろう。が、よほど筋肉りゅうりゅうのスポーツマンでない限り、手動車椅子で走行距離をのばすことは容易なことではない。車椅子の自走にこだわる人は自分の体重を軽くし、手の筋力をいっぱい付けよう。が、私の過去の経験から、わずか500mの距離を車椅子を漕いで進むのに、自分の体重を支えての完走は不可能に等しかった。

とすれば、答えはひとつ、動力を電力にゆだねた電動車椅子の旅の可能性をしっかり開いておかなければならないのではないだろうか。

旅を構成する要素は移動交通機関と観光地、宿泊ホテルの三つである。それを線で結ぶことが旅になる。つまり介助者無しの旅を実現するには肢体不自由者は電動車椅子での旅、視覚障害者は盲導犬に誘導される旅がスムーズにできることに照準を合わせる必要があるのだ。これがバリアフリーの旅を実現するための基本とならなければならない考え方だと私は思う。が、今、どれくらいの人々がこのことを理解し、それにこだわっているか、疑問である。



バリアフリー地球旅行術(12)
「日本の宿と自社仏閣の現状」


日本のバリアフリー対応と称するホテルの中に、1室だけ車いす対応で、様々な福祉機器を導入して、次の間付きの豪華な部屋にしているホテルがある。宿泊料金が当然高く設定されている。これは「バリアフリーの部屋を作ってますよ」、であり、「身体に障害のある方、どうぞ歓迎しますよ」、では決してない。

また、盲導犬可の宿泊施設と告知していても、ホテルの建物の中で「個室に連れて入ってはいけない」とか、「食堂への入場はご遠慮ください」という但し書きのある宿泊施設も平然と存在しているのが実状だ。

車いすや盲導犬を使う人が介助者に付き添われて旅するとは限らない。アクティブな車いすユーザーは単独で旅することを希望している。また、視覚障害者の目の役割を果たす盲導犬はユーザーと一体であり、そう簡単に離すわけにはいかない。これからの時代は、身体に障害のある人の分野でも、一人旅する人を基本に考えることが必要だろう。単独で旅する障害者を受けるのか受けないのか。

本当は断りたかったのに断り切れなかった場合、宿側は、単独で到着した障害者を、まるで壊れものでも扱うかのように、至れり尽くせり、気を遣えるだけ遣い、特別扱いしようとするところが多い。「特別扱い」と「差別」は表裏一体であり、この姿勢は慎むべきだ。むしろ前もって宿の設備の採寸をして、宿のアクセス状況を情報として宿泊希望の人に伝え、判断してもらう。ホテルの入り口の段差が解消してあるか、ロビーへのアクセス、廊下の幅、部屋の入り口の幅、バス・トイレの入り口の幅と段差、中の広さ、バスタブの手すりの有無と位置など。また、食堂、宴会場の入り口の段差と大浴場の脱衣場、洗い場、湯船へのアクセスなど、メジャーできっちり調べよう。その際、ドア幅は、必ず開いた後に内側の実際の幅を調べないと役立たない。車いすは物体であり、人間の身体のように1cmぐらい引っ込めれば通れる訳にはいかないのだ。また、目が不自由な人のためには、最低限、各部屋のドアの外側に番号を触ってわかるようにする。それから、カードキーなら、裏表、差し込む方向がわかるように印を付けよう。

宿の設備の現情報を伝えたのち、泊まると予約してきた人であれば、その人は自分で旅できると判断してやってきたわけだから、快く笑顔で迎えよう。旅する人も自己判断して泊まりに来たのだ。自己責任で滞在する覚悟が必要である。自分でできないことは宿の人に助けを求めてもいいが、自力でこなせることまで、宿の人に頼るのは感心できない。

宿のバリアフリー化を促進するには、断るのではなく、1つ1つ小さなバリアフリーの工夫を積み上げて、徐々に車いす対応の範囲を広げていくことが小予算バリアフリー化の道であろう。

一方、日本の寺社仏閣のバリアフリー化は、全く遅れている。

京都へツアーを作ったとき、西本願寺へ行った。この寺は本堂に入るのにスロープとエレベーターが併設されており、車いすの人も本堂の畳敷きのご仏前にどんどん進むことができた。車いすに乗ったまま奥まで導いてくれるのだ。車いす対応のトイレも敷地内に複数設置されている。本堂ではたまに雅楽入りのお経なども聞けるから、心を整えながら一休みさせてもらえる。

清水寺も車いすの人は茶碗坂の入り口からリフト付き車で入り、正面の階段を右手に見て、回り込むように道を時計回りに上がっていくと、車いすの人のための入り口があり、ここから入ると、すぐ清水の舞台に行きつくことができる。

銀閣寺や金閣寺も庭園なので、部分的にあきらめなければならないが、車いすのまま周遊が可能だった。が、宇治の平等院の鳳凰堂、仁和寺、竜安寺などは、車いすでは建物に上がることそのものを拒否している。このバリアフリー推進の時代に、建物に上げる手だてを考えようともしていない。考えて無理なら仕方がないが、人がスリッパをはいて観覧するように、入り口の段差を人の力で持ち上げられれば、手動の車いすの車輪にカバーを付けて、または盲導犬の足を洗い靴下を履かせ、服を着せれば、建物に上がれるのではないかと思える。極楽浄土を説いたり、仏様がいるというのに、身体の不自由な人を玄関払いとは、仏教にそのような教えがあっただろうか。