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旅行体験談

 ここでは皆さんからお寄せいただいた、トラベルボランティアと共に旅行した体験談をご紹介しています。大変興味深い体験記です。皆さんぜひお読みください。

2006年7月/遍路ツアー(一般旅行会社)
2005年12月/豪華客船・あすか、瀬戸内海クルーズ(一般旅行会社)
2005年11月/ビートルズゆかりの地リバプール個人旅行(一般旅行会社)
2004年12月/豪華客船・飛鳥、清水クリスマスクルーズ(一般旅行会社)
2004年3月/ロス発メキシコクルージングの旅 (一般旅行会社)
2004年3月/仙台コンサート鑑賞旅行体験
2003年12月/東京ディズニーシー旅行体験
2003年10月/吉岡海底駅と十和田湖の旅行体験(一般旅行会社)
2003年2月/インド旅行体験(一般旅行会社)
2002年12月/長崎・ハウステンボス旅行体験(一般旅行会社)
2002年6月/アイルランド旅行体験(一般旅行会社)
2002年5月/GW・タイ旅行体験(一般旅行会社)
2002年2月/松山・壱岐クルーズ旅行体験(一般旅行会社)
2001年10月/京都ツアー体験
2001年8月/ベルギー・オランダ・デンマークツアー体験
2001年6月/ハワイ旅行体験(一般旅行会社)
2001年3月/アフリカ・ケニアサファリツアー体験
2001年1月/チュニジア旅行体験(一般旅行会社)




遍路ツアー(2006年7月)

MさんとOさんの素晴らしい体験談が届きました。

Mさんの体験談
『三盆糖』
 2006年4月、私はふうじゃにとりつかれました。全盲で難聴、そして味覚と嗅覚を失いました。隣のホームドクターに天敵をしてもらったり、ガイドヘルパーさんに昼食をつき合ってもらったりしました。でも、2週間が過ぎても一向に回復に向かう兆しがなく、途方にくれていました。そのような時、点字毎日新聞に、視覚障害者の4泊5日の遍路ツアー募集の記事が掲載されました。
 『四国八十八ヶ所めぐり』は、多くの本を読みあさり、夢にまで見てあこがれていました。宗教のことは、難しくてよくわかりません。金額は少し高そうですが、俄然、私もお参りしてみようと決心しました。でも、独りでは心もとない。そうだわ、JTVNのOさんにお願いしてみようと思いました。600km以上も離れていても、電話があります。Oさんは、CHRISTIANです。それでも、二つ返事で介助を引き受けて下さいました。

 お遍路は、普通の旅行と違って、荷物は出発時に自分が持てる範囲です。初日は、幸いお天気に恵まれて、荷物は、身幅より大きい黒のリュックサックとショルダーバッグ、それにウエストポーチの3個になんとかまとめ、JRの地元の駅員さんに電車に乗せてもらいました。ところがです。大げさなようですが、自分がどの方向に向いて座っているのか、全くわからなくなりました。日頃から、これが私の危険信号なのです。落ち着いていれば、ローカル電車は各駅にとまり、ドガが開き、社内アナウンスで判断できるはずです。なのに、私は疲れて、早くもパニックになってしまったのです。Oさんが待っていて下さる岡山駅の5番ホームに、列車は不安そうな私を乗せたまま、滑り込んで行きました。Oさんは、車内まで入ってきて、もたもたしている私をこともなげに連れて下車して下さいました。その時、私は初めて90度方向を間違って困っていたのだとわかりました。恥ずかしいやら、情けないやらでいたたまれない気持ちでしたが、これが私本来の姿だからいたしかたありません。

 やっとツアーに合流して、まず巡礼の作法を覚えました。お寺の山門で一礼をして、身を清める手洗い(抹茶の作法で、指先を綺麗に使って柄杓で四つのしぐさがあります。)、次は危ないからずっとさせてもらえなかったことで、蝋燭を点火してもらって蝋燭立てに立てます。続いて線香3本(1本目は本尊様に、2本目は先祖様に、3本目は生かされているすべての者)を香炉に立ててゆきます。今度は、周囲と足元に細心の注意を注ぎながら、住所氏名と納め月を書いた納め札とお賽銭を差し上げて行きます。そして、十数人が一通り終わると読経です。私は八十八ヶ所のお経は、宗派をこえて般若心経だけと思っていましたが、あにはからんや、天台宗の法華経本一六の下にあるかいきょうげ・懺悔門・三機三強・光明真言・柄肛門など60数年、無き父を中心に聞き慣れたお経を唱えるではありませんか! また、帰りに山門でもう一度おじぎをします。境内には、本殿と別に、必ずそれぞれ仏様を奉ってありますので、この度、十七ヶ所をお参りしましたから、Oさんは合計34回、これらをいちいち手を携えてさせて下さいました。

 五番・地蔵寺でのことです。このバスツアーについて回って下さった先立ちさんが、実に快い響きの黒炭の木槌を持っていて、興味津々な私は、ついに見せて頂きました。そして、三日目、十番・切幡寺でのこと(耳をそばだてて、水琴穴を聞いたところでもあり、忘れられません)、梅雨前線停滞で、私は点字の般若心経2冊(1冊は自分で写経、後の1冊はクラブツーリズムからプレゼント)ともバスの中に忘れて手を合わせている時、突然私に木槌をうたせて下さいました。みんなが浪々と読む「かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ」にあわせて、無我夢中でうってみました。うまくうてない、良い音が出ない、当たり前のことです。たぶん、みんなが私に色々な視線を向けているだろうに、Oさんは黙って見過ごして下さいました。涙がほとばしるほどうれしいと思いました。

 話は前後しますが、二番・極楽寺は初めての宿房で、Oさんは方向音痴・鈍感プラス斑ぼけの私を介助するのに、それはそれは大変でした。早朝のおつとめで、住職さんの講話の中に、出目昌伸・監督、松平健・主演の映画『バルトの学園』の舞台のロケ地となった、徳島県鳴門市『坂東収容所』のことがありました。すかさず旅行会社は、ボランティアさんへのせめてものサービスで、そこへ立ち寄る提案をしました。その時、私はバスに残っていました。5日間、Oさんと離れていたのは、後にも先にもそのわずか1時間ほどだけでした。

 2日目、第六番安楽寺も宿房でした。私たち20人足らず含めた90人で夕方のおつとめをした時、何十にも重なる金・太鼓、おそらく木魚も在ったと思います。その調子に合わせて、住職さんの厳かな読経が、私の汚れた魂を揺さぶるように感動しました。そして、講話のあと、みんなで歌った『とうりゃんせ』は、いつまでも余韻を引いています。

 俗に遍路転がしと言われる十一番・藤井寺から、十二番・焼山寺は、昔は山道でしたが、今ではきちんと整備された緩やかな歩道になっていました。一作夜は、泊りがホテルでしたので、マッサージをお願いして疲れをとってもらいました。でも暑いので、Oさんの腕につかまってばかりでは不愉快と思い、小指だけを絡ませたり、ハンカチーフの端と端を持ち合ったり、道路幅が在ったので、時々後ろ向きに歩いたりしながら、衣紋三郎が弘法大師に助けられたというりゅうあんの杉の木の根元で小休止しただけで、4.7kmを1時間50分で制覇しました。ツアーの仲間に遅れることなく、無事について回れたので、私は充実感に満たされました。

 いよいよ、最後のバス内での復習です。100点でなくても、思い出すままに答えられて、褒美に80歳の方が使ったという、縮緬の小さな草履を頂きました。続いて、バリアフリー旅行の感想のマイクがトップで差し出された時、おずおずと下手な横好きで作ったつきなみな川柳…
『すずのねが たよりこころも はればれと』
を皮切りに、感じたことを率直に話、このツアーの記事が読売新聞に掲載され、私の持つパソコンのインターネットでとらえる日を願っていると結んだ時、Oさんは賞賛して下さいました。多少うわずった話し方だったかもしれませんが、Oさんが今日もお別れするところまで、親愛と責任をもって尽くしてくださることが何重にも嬉しくて、私に勇気と自信を持たせてくれたからこそスピーチができたのです。

 あれから20日余り、今日私は徳島県の板野郡上板町、枝の館でOさんと記念にひとつずつ買った、ここにだけしかない『三盆糖』をコーヒーに入れてティータイムを楽しんでいます。自然な甘さで、美味しくありがたく頂いています。そして、目が見えないことはどこまで行っても確かに不自由ですが、決して不幸ではなかったことを喜び、同時に才能以上に生きられたことに感謝し、これらを心の中で膨らませていきたいと思っています。

 最後になりましたが、Oさんは、この巡礼の旅の介助中に、40数年、全力投球でつき合われた、義理のお姉さんを不治の病で亡くされました。慎んで哀悼の意を表します。

2006年7月21日

トラベルボランティアOさんの体験談
『お遍路』の旅
 巡礼の旅、おもむき深い経験をさせていただきました。一人一人、神と対談を交わす様子を目の当たりにして、自分の信仰のあり方を見直しています。いつも一緒の彼女も、緊張の中、笑顔を忘れず、輝きと共に旅を一歩一歩、力強く進まれ、印象的でした。なぜ? どうして? それで? …未経験の者にはさまざまな疑問が生まれるに違いないお遍路。人々の願いの根源は、共通するはずなのに、自分のこと、家族のこと、日本のこと、世界のこと、繰り返される戦い、千年以上前から、今なお色あせることなく続く巡礼。歴史は繰り返されています。改めてMさんに感謝します。ありがとうございました。




豪華客船・あすか、神戸&別府瀬戸内海クルーズ(2005年12月)

 今年も届きました。MさんとOさんの素晴らしい体験談です。

B1012・Mさんの体験談
「お端折り」
 さて、私は2005(H17)年12月16日、我が愛する豪華客船あすかの神戸&別府瀬戸内海クルーズに、触って楽しい縮緬の中振袖の和服を着せてもらう事を思いついたのです。着物の小物は見えないと、特に間違いやすいので、出発前に最終の点検は、家事援助のヘルパーさんにお願いしました。

 いつものJTVN(ジャパン・トラベルボランティア・ネットワーク)のOさんは、インフォーマルディナーの2時間近くも前から、私の着付けにとりかかって下さいました。私は、足袋のこはぜを上からはめていって、四つ目がなかなかはまらなくて困りました。Oさんは、補正に腰ひもを3本、タオルと伊達巻それぞれ2枚、そしてコーリンベルト1本を使って、実に器用に二重襟(広襟)の着付けをして下さいました。下前の裏に書いて潜めてあった染め主も見落とさないという気配りでした。帯を結んで、留め金で締めても苦しくありませんでした。ことのほか寒いこの冬の中、Oさんは手に汗をにじませて、孤軍奮闘されました。オレンジかかったピンク色の着物に淡い色の花柄の帯、そしてポイントのグリーンの帯揚げと帯締めが私を明るく見せてくれました。ヘアーはショートカットでアンバランスかもしれませんが、メイクアップはなんとか自分で整えました。後で気付いたのですが、Oさんはドレスコードがインフォーマルの時、いつも和服でのぞまれます。その日は、洋装で私に全力を注いで下さいました。

 ようやくバッグとお揃いの佐賀錦の草履を履き、海上が荒れていつになく揺れる船内を歩きました。緊張しすぎたのか、階段を歩いて上がるのが怖くなり、エレベーターに乗せてもらいました。1時間半以上、ダイニングテーブルの前の椅子にすまし顔で腰掛けていられました。通常私は、不作法と指摘されても、腰が痛く耐えられなくて、椅子の上に正座をして食事をしています。名古屋帯が前にかがむ事を許さないし、何よりOさんによる私の個性と体型を見抜いた抜群の着付けが幸いしたようです。それは、なんてすばらしい、HAPPYな日でしょう。和服の決め手は襟元にあります。それをOさんにお任せして、ディナーが終わってからカメラに収まる時、私はそっと帯の下の「お端折り」に右の指を入れてみました。そこには、日本の女性だけが感じる事のできる幸せがあるような気がしました。

 11ヶ月前、怪我をして床についた時、もう和服を着る事はないと思っていました。でも、Oさんは私の旅行の介助だけでなく、私に勇気と共に、着物を着こなせるという希望を与えて下さいました。たった一度の人生、許された時間の中で精一杯輝いて、羽ばたいてみたいと思います。
 Oさん、改めてありがとうございました。

トラベルボランティアB1010・Oさんの体験談
 「クリスマス・別府クルージング 大型客船まるごと、都会に劣らぬクリスマスの装飾 大小のツリー、リース、お菓子の家、イルミネーション、1周約400メートルのデッキは終日クリスマスソングのバックグランドミュージック、クリスマスの本来の意味はさておき、外部の世界から遮断し不思議な世界へと導く演出が大海で備えられている。
 そぞろ歩く人々も そのぜいたくな空間に身を置き夢でも見ているのではないか、おだやかな表情で挨拶をかわして下さる。それにも増して空に浮かぶ雲が海に映り自然が造る巨大なキャンバスのだいごみ、これらも限られた人々に与えられた自然の贈り物。
 「名は体(態)を表す」 正に彼女にぴったりの言葉で心が大海原のごとく、とてつもなく広くて深い。向き合っているとちっぽけな自分がいじけている。一見はにかみ屋で笑顔が可愛い乙女のような面影が残るチャーミングな彼女の口から出る言葉は矢のようにするどく的を射ている。お会いするたび山ほど積み上げた宝船をいただき、大切にしなければと思いつつ気が付くと沈没させている。我が半生も、前に開けた道は見えない。迷路をぐるぐる回っているようであったり、あっちへ行ったりこっちへ来たり今日もさまよっている。
彼女からいただいた大切な言葉、心をこめて「ありがとう」。忘れたくない。




ビートルズゆかりの地リバプールを訪ねる個人旅行(2005年11月27日~12月4日)

 Wさんは長年の夢だったビートルズゆかりの地、英国リバプールへ行くためにトラベルボランティアを募集されました。念願かなってトラベルボランティア初挑戦のNさんと一緒に大満足の旅を終え、喜びの体験談をいただきましたので紹介します。
 また、この旅行が読売新聞に掲載されました。掲載記事はこちらをクリック。

C1096・Wさんの体験談
 JTVNの皆様方のお陰でボランティアさんと、40年来の夢だった Beatlesのゆかりの地のイギリスに無事に一週間行って来ました。飛行機からイギリスの地が見えた時は涙がでました。 まさか、生きている間にイギリスに行けるとは考えてもいなかったもので、言葉では表現出来ない感激で一杯です。又 一緒に行って下さったボランティアさんのNさんが すばらしく 英語堪能 添乗員の経験もあり 心強かったです。まして、人柄がよく、道中 お互いの悩みも話ました。又 今後も お友達としておつきあいをさせて頂くつもりです。
 40年の夢が叶いましたのもJTVN様のおかげですし、こころよりお礼を申し上げます。 本当にありがとうございました。

トラベルボランティアC1097・Nさんの体験談
 27日に日本を発ち、ロンドンで1泊、翌日今回のメインであるリバプールへ移動。夢に見た地に降り立ったWさんは感激してらっしゃいました。夕食時、たまたま日程が合ったビートルズの取材に来ていらした朝日新聞の記者の方の取材を受け、Wさんのビートルズの知識のすごさを改めて感じました。
 次の日午前はWさんはガイドさんとビートルズゆかりの地ツアーに午後は私も一緒にジョージハリソンの命日だったので献花に行きました。いっぱいの思い出を胸に再びロンドンへもどりWさんは市内のビートルズツアーへ。次の日は列車で1時間半あまりのヘンリーオンテムズという町へ行き、ジョージの過ごしたお屋敷を見てきました。最終日は私のお薦め場所のロンドン市内を少し見学し、翌昼ロンドンを後にしました。
 今回は単なる観光旅行でなく、Wさんの40年来の夢を叶えるべく目的のある旅でした。
その中で私の出来ることといえば些細なことでしかありませんが、無事、夢叶って帰国できたことを嬉しく思います。




豪華客船・飛鳥、清水ゆったりクリスマスワンナイトクルーズ(2004年12月)

 2000年から数々の旅行をしてたMさんとOさん。7回目となる今回の旅は豪華客船「あすか」でのクルーズです。はじめにMさん、続いてOさんの体験談をどうぞ!

B1012・Mさんの体験談
「ラッキーセブン」
 この世知辛い世の中、危険がいっぱいなご時世です。初老で全盲の私が一人で外出する事は勇気を超えて、無鉄砲すぎると思いました。でも、JTVNのOさんが、7回目の介助をして下さる事に意を得て、足を踏み出しました。約400km列車を乗り継いで、名古屋駅の新幹線上りプラットホームに降り立ち、Oさんが手を取って、声をかけ、その前腕を撫でて下さった時には、嬉しくてハートがはちきれそうでした。

 まず、羽衣伝説で有名な静岡県の「三保の松原」を散策しました。太平洋の穏やかな波が、猫背の私の肩を優しく叩いたり、覆い被さったりする様に感じられるから不思議でした。自然が織り成す様で、自由自在に伸びている松を見ていると、どこかの松の枝に羽衣が引っかかっているとしたら、私も失敬して、身に纏う様な錯覚を覚えました。

 この度は、豪華客船「あすか 清水 ゆったりクリスマスワンナイトクルーズ」です。サンタさんの歓迎振りに、とっさの事で、戸惑い、はにかんでしまいました。その日のディナーは、スペシャルサービスのフルコースでした。200人以上入るダイニングで、流行遅れの薄いグリーンのスーツを着込んだ私は、シャンペーンを片手に、見事にたいらげてしまいました。最も忘れられないのは、料理がメインに入る直前に、ヘッドウェイターがわざわざ私のテーブルに来て、しかもしゃがんで(スラックスの膝が出るのやら、後がしわになる事などかまわないで)、私の見えない目をまっすぐ見て…。

 「お魚の骨を外し、お肉をカッティングしましょうか?」私は恐縮し、姿勢を正して「はい、お願いします。」と、言いました。滑らかな発音の日本語で、素敵な紳士でした。
 この船のデッキで、何かを食事してみたいと密かに思っていました。2004年12月16日の伊豆半島沖は、幸いにも小春日和で、空と海のコントラストも上々です。
 早朝ウォーキングの後、和食の朝食、そしてデザートのヨーグルトと果物をデッキに持ち出して食べました。広々とのびのびとして、実に爽快で満足でした。

 もう一つ、船上で、2度も大浴場へ入りました。2回目には、少し慣れたので、Oさんのおられる方向を意識しながら、洗髪をし、生まれて初めてサウナへ入りました。キャビンの入り口まで帰り、触ってよくわかるキーをいれて鍵を開けました。ふと、Oさんに何気なく「今、何時ですか?」「10時20分です」。私は、11時までに荷物を整理して、部屋の外に出して置くという事をすっかり忘れてしまっていたのです。慌てて、身支度と整理を同時に始めて、はたと手が止まりました。「部屋のキーがない」「どこを探してもない」「ない」「ない」キーをレセプションにお返しできなくては、ひとたびクレームが付いたら、障害のある私はそれこそ大変な事態になります。そこまで考えた私は、Oさんに「すみませんが、私の持ち物の中からお部屋のキーを探して下さい」Oさんは、遠慮がちに、これ以上私をパニックにさせないように配慮しながら、ざっと探して下さいました。間もなく「Mさん、ありました。鍵穴に差し込んだままでした。」私はこの数10分間、今は全く目が見えない事と時間に限りがある事をそっちのけにして、有頂天になってしまっていたのです。つくづく、反省しました。改めて、Oさんの事を言いますと、Oさんは、3人のお子さんをどのような危機からも救い、責任を持って教育なさり、立派に社会に送り出された、正に偉大な母だとお見受けしました。この尊い愛と教訓、そして「あすか」からもらった新聞「あすかデイリー」の入ったフロッピーを大切に秘蔵します。

 又私は、名古屋駅から1人になりました。JR.の連絡網よろしく、新幹線の車掌が「こちらのお席はいかがでしょうか?」と、若々しい男性の謙虚な対応に、私は恐れ入り、自然に頭が下がりました。座席をリクライニングにして、夢を見たような2日間を思い描いていると、隣の席の気品のある女性が話しかけてくれました。「先ほどお見送りの方はご兄妹ですか?」「いいえ、ボランティアの方です。」「お身内の方のような表情の送り方でしたよ。あなたは好きでそうなった(目が見えなくなった)のではありません。どうぞ、元気を出してください。」 このお言葉は、今迄何度も聞かせて頂きました。でも、この時ほど、新鮮さを帯びて、私の中で深く大きく広がった事はありません。いつもながら、JR西日本・東日本はばっちりの介助をして下さり、地元の聞きなれた駅員さんの「おかえりなさい」で、疲れはどこかへ吹っ飛びました。

 最後に、私の小旅行にそっと手を貸して下さいました皆様、また、何も言わないで、ただひたすら温かく見守って下さいました皆様、本当にありがとうございました。

トラベルボランティア・B1010 Oさんの体験談

 12月は仕立ての仕事がまともに入る時期で間違いのないように仕上げるため緊張の日々が続きます。その最中に気持ちを休める時が与えれました。ありがとうございます。神奈川県に住む土地柄、汽笛は念仏のように聞きなれているはずが、船上で聞く汽笛は気分を高めます。

 豪華客船「飛鳥」に再び乗船。5階から8階までの吹き抜けのラウンジに巨大なクリスマスツリー、サンタクロースの歓迎を受け不思議な空間に足を踏み入れました。一つ一つどのドアにも、階段の両脇に、柱に、隅々の小さなスペースもクリスマスカラー一色。流れる音楽までも…。

 広い広い海の上でウォーキング、冷たい風、角を曲がると突然の強い風、次の角を曲がると頬に心地よいさわやかな風。広い広い海の上で温泉、ジャグジー、サウナ、見えるものは青い空と海だけ…。そんなバカな夢見てた? 現実でした。




ロス~メキシコ豪華客船クルージングの旅 体験談(2003年3月12~3月21日)

 2000年から二人で数々の旅を実現させてきたMさんとトラベルボランティアのOさん。いよいよ海外へ繰り出しました。素敵な体験談が届いています。旅の行程は成田~ロスへ。クルージングでメキシコのプエルト・パジャルタとマサトラン、カボサン・ルーカスに立ち寄り、ロス~成田の11日間。
はじめにMさん、続いてOさんの体験談をどうぞ!

B1012・Mさんの体験談
「10日間のプレゼント」
 JTVNのOさんに初めてお世話になってから、2年になります。図々しい私は、この回で、6度目の介助をうけました。海外へ、10日間お願いしました。私の旅行の本来の目的は、生意気な表現ですが「自分を磨く」事にあります。まず、成田空港からロサンゼルスまで約12時間を要し、時差ぼけでふらふらしている私にマリリンモンローの手形を見せたり、清涼飲料水を飲ませたりして、早くつかれがとれるように気遣ってくれました。もちろん、アメリカの生活や文化にも触れました。よく、日本の常識は世界に通用しないといわれます。でも私は、日本的な大和魂は、大切にしっかりと抱きしめていたいと思いました。

 翌日、処女航海の豪華客船ダイヤモンドプリンセスに乗船しました。この船は、太平洋をクルーズする船の中では、もっとも大きく11万3000トンもあり、国際色豊かにあふれんばかりの2千数100人が乗船していました。そして、1200人の乗組員さんが接待役でした。直感的に、国際交流の場に遭遇できたと喜びに震えました。Oさんの発音のなめらかな語学力に、何の不安もありません。このようにうれしい私をいとおしむようにして、Oさんは乗船時に早速フロントで、勇気ある行動をしてくれました。ぺらぺらの英語で、私が一人でルームキーを使用できるように交渉してくださったのです。以後私は、角をおとしたカードを持ってルンルン気分でした。このことを皮切りに、Oさんの活躍はめざましいものがありました。エレベーターでは、点字表示を見つけてくれました。ビュッフェスタイルの朝食のとき、それぞれトレイを持って腕を組んで、周囲に気を配りながら、料理を2人分取ってゆきました。ときどき私が、あいまいな返事をしても嫌な顔一つ見せません。バイキング以外に5箇所もダイニングルームがあって、毎回ぽーっとしている私に、どの方向からでも料理を時計回りに説明し、気長にサポートしてくれました。

 乗船2日目の夕食のドレスコードはフォーマル。わたしもありったけのおしゃれをしてのぞみました。5階から7階の吹き抜けに、乗客が集合して、満面の笑みをたたえたキャプテンのウェルカムパーティーでした。そこにはひしめき合いもなく、まして、お国の隔たりなどまったくありません。ただ、ゆったりとした静かな時間を共に過ごすという雰囲気が漂っていました。私はジンジャエールに酔ったのではなく、包みきれない感動に酔いました。ぎこちないポーズですが、記念写真を持ち帰りました。

 何しろ初航海なので、部屋にはときどきキャビンスチュワートが入ってきました。このようになると私は、一人では恐くてお手上げなのでした。お天気家の私に、四六時中Oさんをつき合わせるのは申し訳ありません。時々離れて休息していただく必要がありました。そこで、備え付けの「起こさないで下さい」とか「じゃましないで下さい」という札をドアの取っ手にぶらさげて、キャビンスチュワートが入らないようにしてOさんの自由な時間を楽しんでもらうことにしました。

 部屋に少し慣れたころ、セーフティーボックスを使うために、何度も練習しました。そして、当分使えない日本円を入れて、暗証番号を押しました。心配なので、1回開けようとしましたが開きません。Oさんは「ゼロになるまで待ちましょう」私は、手を合わせて真剣に祈りました。数字が消えて、再度挑戦。3度目にやっと開きました。私はOさんに深々と頭を下げました。集中力や注意力が欠けることは、もっとも恐ろしいことであると実感しました。けれども、この事にとらわれて、気落ちしてはいられません。この経験を生かす必要もあります。そこで、今度は、慎重さが要求される、モーニングコールをセットすることを日課にしました。

 その他、船内探検や厨房見学、ロングスカートでダンス教室に参加するなど、毎日盛りだくさんのイベントがありました。プリンセスパーサー(船内新聞)の日本語訳版が、朝夕ポストに配達されました。そして、なんでも相談できる日本の美人のコーディネーターが、限られた時間だけ待機していました。

 本船は南東に舵を取り、かつてはスペインの領土であったメキシコへとクルーズしてゆきました。入港したのはプエルトバジャルタ、マザトラン、そしてカボサンフーカスの3箇所でした。気候は、日本の5月のようなからっとした感じで、時差はおよそ17時間、原住民はインディアンで裸足でした。でも、その指先は実に器用で、ガラス工芸やビーズ細工などは、緻密は作業がほどこされ、圧倒されました。また、軽やかなリズムの民族舞踊は、靴を履いたステップの音がマイクを通して聞こえて、私も一緒に踊りたい気分でした。

 乗船5日目、海老や魚粉を輸出している貿易港、マザトランでの出来事でした。「あっ、ろばの親子がいる。」とOさん。わたしは、思わず手を出して触りました。耳はぴんと立って、どこを触っても嫌がらないし、親ロバはちゃんと鞍をかけて愛嬌をふりまいています。母ろばは茶色、赤ちゃんロバはこげ茶色で、2mくらいの間隔をおいて、お互いに相手を意識しながら、あしがだるいだろうに、そのそぶりも見せません。私は、人前などまるっきり忘れて、もう可愛くて可愛くて何度も触ったり、周囲をくるくる回ったり、大声ではしゃぎました。また、小都市、カボテンルーカスでは、500本も植えられたサボテン公園へ行き、とげのないサボテンを見ました。ところが、融通性がなくて、チャンスに弱い私は、サボテンステーキを食べるの忘れて帰ったのは残念でした。ここでは、テンダーボートに乗り換えて、港へ出入りしましたが、2人とも足をくじくこともなく、無事にクルーズを終えられました。

 次にOさんのチェックをうけながら、識別マークなのないドル紙幣をつかって自分の記念のショッピングを楽しみました。青く光るメキシコオパールを横目でながし、牛革の履物とビーズのベルトを見つけました。私が値切っても、店員さんの表情は明るく、できる事とできない事ははっきりしていました。自分で品物を選んで購入できたとき、私はほんとにうれしく思いました。ことに、これは帰路、機内でしたことですが、メモ上の残金と現金がピッタリとあったとき、壮快でした。

 なお、米国への、往復出入国の手荷物検査で、愛用の点字板一式が引っかかりました。このときは、正直冷や汗をかきました。また、米国を出国のとき、全員上着を脱ぎ、裸足で検査を受けました。
 思い出は限りなく続きます。

 3ヶ月前私が「行きます」と意思表示してから、Oさんは旅行会社との交渉から、事務的なことなど、1苦労や2苦労ではなかったと思います。その上、異常なまでに不安がる私を一人で帰し、送り届けるまで、お話にならないほど大変だったと思います。Oさんだから、これだけの介助をしてくださいました。粗野で、無学な私には、もったいない方でした。Oさんどうもありがとうございました。
 そしてOさんのご家族に心より厚くお礼申し上げます。

 最後に、影になり、日向になり、ご支援くださいました、多くの皆様、本当にありがとうございました。
付記:この原稿は身に余る「NECまごころコミュニケーション」の添削をえて、完成させることができました。

トラベルボランティア・B1010 Oさんの体験談
 旅行後かなりスケジュールが詰まっていたことと、歯科医への通院が加わって、旅の感想文が後回しにされ時間が経ちましたが、体で味わった様々な思いはそう簡単に忘れるものではないと、今、感じています。10日間、Mさんにとって初めての長い旅で、準備段階でかなりの緊張感がこちらにまで伝わってきました。ちょうどタイミング良くか悪くか旅に出る1週間前にトラベルボランティアの1日養成講座に参加し、そのときの数々の予備知識で自分はボランティア失格者と自己判断し、不安と緊張が入り混ざった旅立ちでした。旅が始まってみれば頭で考えていたことなどどこへやら、いつもの自分流で一緒に楽しんできました。初めての体験、始めてみるもの感じるもの、初めてとは感動があります。一人一人の味わい方も異なりますが、行程を共有し、お互いが楽しい旅であったなら私の大きな喜びです。旅の途中、あれもこれも話したいこともそっちのけ、かなりゆっくりの船旅であったにもかかわらず、1日のスケジュールに追われ、時のたつのが早く感じました。特に帰国の3日位前からは、まるで超特急にでも乗っているような気が付いてみれば家に着いていました。心地よい疲れが体全体から吹き出し、見も心もリフレッシュ。これは旅が終わって感じる表現しがたいだいごみです。




仙台コンサート鑑賞の旅 体験談(2003年3月7日)

 2004年3月に、大ファンのアイドルグループの地方コンサートに行きたい!と、視覚にハンディのあるOさんが、日帰りのひとり旅を計画しました。その旅の同行者として仙台在住のAさんがはじめトラベルボランティアに挑戦。コンサート鑑賞だけでなく、仙台市内の観光、食事などを楽しみました。その旅の体験談をお届けします。

B1135・Oさんの体験談
 仙台日帰りの旅はとても楽しく充実し、満喫いたしました。
もともとはメロン記念日のライブが目的でしたが、せっかくだし市内観光もと欲張ってました。新幹線で到着したらすぐにボランティアの方が出迎えて頂き、安心でした。そして市内観光というか、もう食べ歩きでした。まずお米ギャラリーで、2Fで実際に食べることになり、宮城米おにぎりやお惣菜と甘い味のおもちを食べました。おにぎりは米粒の食感もよくとてもおいしかったです。次に仙台みそのお店にいくと、十種類以上のみその味を試せて、面白かったです。気に入った辛口の伊達政宗味噌と甘口の玄米みそを買いました。玄米みそはうちで飲んだら、とろっとした農耕な味わいでした。

 その店を出ると、ぱらぱらと雪が舞い、顔や手に当たっただけで、体がちぢこまりました。その様子がボランティアの方に驚かれ、冬の雪はこんなものではないですよと聞き
ええっとおどろきました。風も東京のよりも冷たく貴重な体験でした。

 そして、いよいよライブへ。とてものびのびとしたライブとトークも地元の話題を混ぜたりと大満足でした。丁寧にガイドしてもらえて、様子を感じとることができました。
 夕食は、名物の牛タンで塩味もみそ味もおいしく、厚みがあり、楽しくお話しながら味わえました。そのほか、おみやげのささかまも大きくておいしかったです。とても良い所でまた行きたいです。

 ガイドやお店を教えて下さったボランティアの方、コーディネーターの方本当にお世話になりました。またの機会にもぜひお願いします。

B1153・Aさんの体験談
 事のきっかけは‘仙台でT.V.を探している’という友人からの電話.仙台に住んでまだ2ヶ月あまりで観光案内は皆無.未登録.もちろんT.V.の経験はなし.ただ人と係わっていくことがどうにも好きという性格でおまけにおしゃべり.これも何かの縁!と思い今回お手伝いさせていただきました.相手の方は私の弾丸トークを快く(多分...)受け入れてくれ,私もはじめてアイドルグループのコンサートに潜入(?)することができ,たいへん貴重な思い出となりました.彼が喜んで帰る姿を見て何より嬉しいと感じ,これからもこういった‘縁’を大事にしていきたいと思いました.お手伝いさせていただくことで私自身の世界も広がり,学ぶことがたくさんありました.Oさんをはじめ,旅の途中で親切にしてくださった方たちにとても感謝しています.ありがとうございました。




東京ディズニーシーの旅 体験談(2003年12月 2泊3日)

B1057・Nさんの体験談
 
 平成15年12月の初旬にトラベルボランティアTさんと2泊3日で東京ディズニーシー(TDS)へ行きました。ホテルミラコスタの宿泊とレストランの予約が思いのほか大変でしたが、旅行自体はTVの方とTDSの方々のおかげでとても快適でした。
 私は軽量電動車椅子を使用していて、TDSの園内はディズニーランドより人が少なかったので電動で移動しました。しかし、お店やレストランなど混雑しているところでは車椅子を押していただいたので助かりました。ホテルの朝食は2日間ともバイキングだったので私の分も取っていただきました。レストランはどちらも素敵で、苦労の甲斐がありました。
 今回TVの方にお願いして本当に良かったと思うことが2つあります。ひとつは乗るのが一番難しそうなアトラクションにTVの方の助けで乗られたことです。これで主要なアトラクションを全て経験することができて満足しました。
 もうひとつはショーや花火を見るための場所取りを一緒にしていただけたことです。それらを見るための車椅子用の席には目の前に柵があったので、私は一般席で見たかったのです。それでTVの方に協力していただき、2時間前から場所取りをしました。おかげでショーも花火もバッチリ見ることができて感激しました。TVの方とJTVNに感謝いたします。




吉岡海底駅と十和田湖の旅 体験談(2003年10月26日~10月28日 2泊3日)

 この旅行は、2002年2月に「松山・壱岐」をクルーズ旅行した、全盲のB1012・Mさん(岡山県在住・女性)とトラベルボランティアのB1010・Oさん(神奈川県在住・女性)が、吉岡海底駅と十和田湖を旅行した体験談です。おふたりで旅行されるのは、これで3度目と、毎回有意義なご旅行を実現させているようです。それでは、まずMさんの体験談、続いてトラベルボランティアOさんの体験談をどうぞ。

B1012・Mさんの体験談
 今回はまず旅行社に行きたい場所を指定して、日程を組んでもらいました。もちろんひとり旅の区間は、公共の交通機関と交渉してもらい、実際に連携よろしく安心でした。
 目指すはJR津軽海峡線の吉岡海底駅と、奧入瀬渓流から十和田湖遊覧でした。ここにトラベルボランティアのOさんが、さりげなくして下さった事を掲げます。

 1/やれる事、そしてやりたい事をさせてくださいました。
 2/一貫性のない私が、急なお願いをしてもわずかの時間を割いて、行程表にない、数十段を駆け上がって神社へ参拝させてくださいました。
 3/全盲と中等度の難聴を持ち、その上、勘の悪い私にそっと合図をして、多くの方と会話をするチャンスを与えてくださいました。
 4/思わず目が覚めるような紅葉や情景に出くわしたとき、美しい言葉で表現してくださいました。
 5/人との出会いだけでなく自然に親しみ、しばし立ち止まり、野鳥との対話も大切にして下さいました。
 6/睡眠時間以外は、いつでもどこでも視野に入る文字やカタログなど、気軽にはっきりと読んで下さいました。
 7/理解力の乏しい私に、地図をなぞらせて説明を加えてくださいました。
 8/久しぶりに店員さんとやりとりをしながら、適当にアドバイスをして下さり、ゆったりとした気分でショッピングも楽しませてくださいました。
 9/お別れするとき、私がひとり旅になっても不安にならないように、車内を下見させてくださったり、お隣の座席の方にお願いもして下さいました。
到底言葉だけでは言い尽くすことはできませんが、何はともあれ2泊3日、Oさんと一緒にいて疲れを感じさせませんでした。それによく眠れ、愉快な旅行でした。ボランティアとしてこのうえないお世話と贈り物をして下さいました。

 私は、何冊かの辞書やインターネットに首っ引きで、セシリア(音声ワープロ)のマニュアルを片手に、このつたない感想文を書くことが出来ました。これを持ち、タクシーに乗って郵便局へ行けます。これからも手探りと残された感覚で、気取らないように心がけて笑顔で、自分らしく生きようと思う気持ちにさせてくれた、トラベルボランティアのOさんでした。ありがとうございました。

トラベルボランティア・B1010 Oさんの体験談
 3年前、自分には介助ができるかどうか半信半疑でJTVNに登録しました。自身の自己PR文にも、年老いた父の手を引いた事位で介助の経験ない、旅行は好きですので、一緒に楽しみたい…とたぶんそんなことを書いたと覚えています。登録から1年半が過ぎ、はじめてのトラベルボランティア経験。失敗を重ねながらも、楽しい旅ができました。失格の烙印を押されても、あたりまえの私に、今年2月、再び同じ方からの依頼、5月に彼女宅訪問…と急接近。岡山と横浜、遠距離恋愛ならぬ、遠距離なんでしょうか。
 一緒にいて楽しい、あちらもこちらもおしゃべり、違うところはあちらはかなりのしっかり者。こちらはかなりのずぼら…。出会いは生きる糧です。相手が人間でなくても、空でも、木も花も鳥も、これからも旅を続けたいと思います。




インド旅行体験談(2003年2月9日~2月17日)

 2003年最初のトラベルボランティア引き合わせでもあったB1002・B1003のOさんご夫妻。まずB1002・Oさん(夫)の障害は杖をついて歩くので、歩行速度が遅く、疲れやすいという事。B1003・Oさん(妻)の障害は方向音痴なので、ツアーについて行くことが心配という事でした。京都府在住のご夫妻は、2002年6月に「アイルランド」を同じくトラベルボランティアと共に旅行しました。JTVNを通じて今回引き合ったトラベルボランティアは、B1053・Tさん(東京都在住・女性)。今回は3名でインドを旅しました。 まずOさんご夫妻の体験談、続いてトラベルボランティアTさんの体験談をどうぞ。

B1002・B1003・Oさんご夫妻の体験談
(夫)
 旅行体験談として、インド時間がすべて1,2時間待ち時間があり、とても暑くて、湿度も高くホテルは空調があるが、外はなんも無い。日本では秋田県といったところではないでしょうか。Tさんがサポートしていただいたお陰で旅行は大変よいものとなりました。
(妻)
 インドには中国の敦煌に行って以来、憧れ続けていたのですが、チャンスを逃し続け、もう駄目かと思っていたらやっと行く事が出来てとても嬉しかったです。だいたい、タージマハールはともかく、ガンジス川の沐浴を船で観光すると言うのはもってのほかだと思います。例えば、日本でお墓参りをして、墓石に水をかけたり、線香を供えてお参りしているのを、20人くらいの人がかたまって見物しているようなものです。そんなツアーを組む神経が私にはわかりません。インドに初めて行く人はまず、北インドからという定説にも、賛成しかねます。どこから行こうと、人それぞれまったく自由です。ベンガル湾と二つの海が合流している岬では、地球を一周した様な気分になりました。ずいぶん安上がりに地球を一周できて、良かったと思っています。添乗してくださったOさん、ボランティアをしてくださったTさん、お二人のお陰で夢の様な楽しい旅ができました。又次なる旅を目指して楽しく生きていこうと思っています。Tさんに引き合わせてくださったJTVNに心から感謝をこめて。

トラベルボランティア・B1053 Tさんの体験談
 トラベルボランティアとして初めて参加した、9日間のインド旅行が終わりました。
私がサポートしたのは、歩行に多少困難のあるご主人と、方向感覚に大きな不安を持っている奥様というご夫婦でした。ツアー自体が添乗員を入れて6人という小さなグループだったので、全員がすぐに打ち解けることができ、お二人のハンディにも、私のボランティアという立場にも全員の理解と協力があり、和気あいあいと旅が続きました。お二人ともハンディを持ちながらも、それぞれに旅の楽しみ方をもっておられて、一緒にいた私も違った旅の楽しみ方を教えてもらったように思います。特に、奥様の方はインドの、辛い・熱いという過酷な状況でも、全ての事を「ハッピーよ」と楽しんでおられ、そんな旅のお手伝いができ、一緒に楽しめた事をとても嬉しく思います。お二人が素っ気無くも夫婦漫才のようなやりとりをしながらお互いを気遣いあい、2人で旅を楽しんでいる事も素敵だなぁと思えました。
 日常生活で感じるハンディが、旅行ではますます大きなハンディになるということを実感しましたが、それだけに旅の楽しさも大きな大きなものになるのだとわかりました。今回のご夫婦のように世界中で素敵な旅がたくさん実現されればいいなぁ、と心から思いました。素敵な旅、素敵な出会いになりました。




長崎・ハウステンボス旅行体験談(2002年12月8日~12月10日)

 JTVNで引き合い、長崎・ハウステンボスツアーに参加された、車椅子使用者のB1057・Nさん(大阪府在住・女性)と同行トラベルボランティアB1055・Mさん(京都府在住・女性)の体験談をご紹介します。現在Nさんの体験談はまだ届いておりませんので、まずトラベルボランティアMさんの体験談をどうぞ。

B1057 Nさんの体験談
 平成14年12月にトラベルボランティアのサポートを受けて2泊3日でハウステンボスに行きました。ホテルヨーロッパに連泊してホテルライフを楽しみ、迎賓館のレストラン「エリタージュ」でディナーを味わい、ハウステンボス内をできるだけ見てきました。本当は総て見たかったのですが、ハウステンボスはとても広くて3日間滞在しても全部は見られませんでした。しかし、ボランティアの方に車椅子を押していただいたので、「テディベア キングダム」、「ミステリアスエッシャー」、「ポルセレインミュージアム」、「パレスハウステンボス」等主要な施設は総て見ることができました。私の使用している軽量電動車椅子はバッテリーの容量が少なく、遠距離の移動は無理なのです。この旅行で印象的だった事は、クリスマスのイルミネーション、ウォーターコートコンサートの音楽、ドリーム イン ザ スカイの花火、ロマンティッククルーズの夜景、「エリタージュ」のディナー、ホテルヨーロッパの雰囲気等でした。残念だった事は、寒くてダッチコーヒーが飲めなかったこと、時間が無くてオルゴールファンタジアを見学できなかったこと、天候が悪くて気球に乗れなかったこと、時間を間違えて「光の宮殿」を見られなかったこと等です。最も嬉しかった事は、動く歩道から「光の船」に乗り移らなければならないライド型アトラクション「フライト・オブ・ワンダー」にボランティアの方の協力で乗ることができたことです。この旅行を楽しめたのは、ボランティアの方を紹介してくださったJTVNとサポートしてくださったボランティアの方のおかげだと思い、深く感謝しています。

トラベルボランティア・B1055 Mさんの体験談
 大阪のNさんとの介助初体験の旅を寒い中でしたが、無事終えました。初めは11月の予定でしたが、Nさんの体調が悪く1ヶ月延期といわれました。本当に実現できるか不安に思いましたが、12月8日から3日間行って来ました。Nさんはとても積極的、活動的な方で睡眠時間も4時間で良いとタフな人、お元気な頃もあちこち旅されたそうです。ハウステンボスもガイドブックで徹底的に研究し、3日間の見学予定もバッチリ、全部見るぞーの意気込みでした。熱気球が悪天候で運休のため乗れなかった、買物に時間を取られ見られなかった以外は、体験、見学、買物など出来たと私は思ったのですが、Nさんはチョット心残りみたいでした。
 足が不自由で車椅子使用で、バリアフリーが今一つの中で体験したい所は手すりにすがってでも階段を上り目的を果たす素晴らしい方です。その一方でキャラクターのぬいぐるみや、お友達へのお土産を沢山買われる可愛い一面もある方でした。
 クリスマスイルミネーションの綺麗な中で3日間を共に体験し関空でお別れしました。Nさんの気分を害しなかったかな?と気にしていますが、初体験できて良かったと思いました。




聖なる大地・アイルランド11日間の旅、ボランティア報告(2002年6月21日~7月1日)

 アイルランド11日間の旅から無事帰国されました、B1002&B1003のOさんご夫妻(京都在住)と、お二人のサポートを担当したB1046のSさん(三重県在住・女性)の体験談をご紹介します。Sさんからはアイルランドのおみやげ、ブローチを頂きました。ありがとうございました。それでは、どうぞ。

B1003・Oさんの体験談
 アイルランドは予想通り、緑に満ち溢れた、目にとても優しい国でした。排気ガスも無いと言ってもいいほどです。もっとゆったりと緑の中にじっとしていたいと思いました。サポートしてくださったSさんのおかげで、町の中も歩け、バブにも行き、スーパーやビール工場にも行けて、とても楽しかったと思います。ただ、食事は日本人にとっては量が多く、食べきれなくて困りました。牛乳、パン等はとてもおいしく、その点は違うなと、いつものことながら、思います。これからも身体を鍛えて、次なる目標の国を目指したいと思いますが、またサポートをしてくださる方にめぐり会える事を祈念しております。
 次に、トラベルボランティア・Sさんの体験談です。今回はお二人ということもあり、少々大変だったとは思いますが、11日間ほぼ完璧にサポートをされたと思います。ご苦労様でした!

トラベルボランティア・B1046・Sさんの体験記
 今年のアイルランドは、現地の人たちが「夏が来ない」と不満を言うほど、雨と低温の夏になっています。私達の旅行中は、幸い大雨にはあいませんでしたが、カサとコートは手離せませんでした。私がサポートしましたO夫妻は、方向感覚に問題がありますO夫人と、歩行がやや困難なO氏のお二人でした。O夫人は何でも積極的に知ろう、見よう、そして歩こうという方でした。1人で旅ができるよう、訓練中との事でしたので、私もそのように対応しました。お二人がホテル自室でお休みの時やバスで移動中以外は、ほとんど付き添って、英語通訳、観光中の案内、レストラン、タクシーの手配、慣れるまで買い物のサポート等、旅行に関するほぼ全般にわたるサポートをいたしました。

 この旅行中、O氏が岩場で転倒しました。軽いすりきずで済みましたが一つ間違えば大変なことになっていました。サポートを受ける方は旅行に出発される前に、自分自身のお体の事を充分によく知って、できる事と、できない事を確認しておいて頂きたいと思います。そして旅行中も無理をしないようにされて楽しい旅を満喫して頂きたいと思います。
 11日間の旅を終え、ひとり旅を希望されていますO夫人の夢が実現する日が来る事を願いながら関西国際空港でお二人とお別れいたしました。このたびの旅行に関し、お世話くださいました方々に感謝とお礼を申し上げます。




GWタイ・バンコクトラベルボランティア報告(2002年5月3日~5月7日)

 JTVNニュースやホームページでも、2002年のGWに4泊5日間のタイ旅行に行く視覚障害者のA1129・Sさん(新潟県在住・女性)の同行トラベルボランティアを2ヶ月にわたって募集していた事、皆さんも記憶に新しいと思います。募集後25名という多くの応募をいただき、SさんとJTVN,そしてトラベルデザイナー・おそどまさこさんとの3者の話し合いで選考されたのが、B1044・Yさん(東京在住・女性)でした。このお二方の体験談をご紹介します。タイ・バンコクツアーはバンコク市内観光にはじまり、タイ古典舞踊、タイマッサージ、オプショナルツアーでは水上マーケット、アユタヤの旅と、チャオプラヤ川でのクルーズ・・・と盛りだくさんの旅でした。お2人ともお疲れ様でした。そして体験談をどうもありがとうございました!

トラベルボランティアB1044・Yさんの体験
 夜になっても気温が30度を越えたままの暑い暑いタイへ、弱視の方とご一緒しました。初の海外旅行ということで、「ホテルに寝巻きはあるの?」といった素朴な質問を投げかける彼女には、出発前から楽しませてもらいました。「歩行や食事などは、こういうふうに介助しよう」など一応は考えていましたが、実際には想定していた以外の事が、ずっと多く発生しました。彼女は文字を書くことに慣れていないので、「パスポートのサインと違う」と突っ込まれたときにはドキドキしましたし、「見えないのだから、いい席に座る必要は無い」というニュアンスの事を言われたときは、カッときました。他の皆さんはどうやって切り抜けてこられたのでしょうか。私にとっても研究課題が多くできた旅でした。彼女はこれからも海外に出たいというご希望でしたので、ひとりでお買い物をする練習もしていただきましたし、海外では黙っていては駄目だから日本語でいいからアピールして!」とアドバイスしておいたら、片言の日本語しかわからないウェイトレスに大きな声でウーロン茶を催促するなど、最終日には結構順応しておられました。同じツアーに額を縫う怪我をした方がいらしたので、よけいに暑さも水にも負けず、けがも泣く帰国できたこと、本当に嬉しく思っています。
 次に、新潟在住の視覚障害者・Sさんの体験談です。Sさんは普段マッサージの仕事をしていらっしゃって、今回は海外旅行初挑戦で、タイへ行きました。それではをどうぞ。

A1129・Sさんの体験
 初めての海外旅行の第一印象はタイはじりじり暑かった。ということです。体力に自信があると思い込んでいましたが、ちょっと疲れました。観光そのものはとても楽しかったです。特にアユタヤ見学で初めてゾウに乗ったこと、タイ舞踊の女性ダンサーの方と一緒に写真を撮ったことが思い出に残っています。タイ料理もおいしかったですが、さすがに疲れたのか帰りの機内食はほとんど食べられなかったです。JTBのガイドの方や全日空の方の対応は、大変すばらしかったです。ホテルのシャワーが壊れていたりして、不便があったのは少し残念でした。ボランティアのYさんは、控えめな方で、私がお願いした事をほぼ完璧にやってくださいました。たぶん障害者と接する機会はあまり無かったと思いますがよくやってくださいました。私には「よく食べ、よく寝る」というイメージをもたれたかもしれません。トイレが近いのも(有料トイレも合ったりして)負担をかけて大変だったかなぁ、と思います。
 今後、チャンスがあれば積極的に海外旅行をしたいし、その際Yさんのような、自分に合わせてくださるような人に出会えたら、とても楽しく快適な旅行ができると思います。私はマッサージの仕事をしていますが、次回の旅行を励みにがんばっていこうと思います。




松山・壱岐クルーズ トラベルボランティア報告(2002年4月18日~21日)

 2002年2月に「松山・壱岐クルーズ」ツアーに参加するにあたり、視覚障害者のB1012・Mさん(岡山県在住・女性)から同行するトラベルボランティア募集依頼を受け、後にB1010・Oさん(神奈川県在住・女性)がトラベルボランティアに決定し、お二人で無事に旅行を終えられました。1日目の夜、神戸を出港し、翌朝松山へ、3日目は壱岐に入港し、最終日に再び神戸へ戻るコースでした。天候にもほぼ恵まれ、お2人とも船旅を楽しんできたようです。ぜひお読みください。
 まずは募集者、Mさんの体験談からごらん下さい。

「トラベルボランティアとクルーズ」(A1133・Mさんより)
 私は点字毎日でJTVNの存在を知りました。私のつたないアピール文で受け入れられ、このたびの松山・壱岐クルーズの旅行に向けて、トラベルボランティア募集の以来をしました。トラベルボランティアの選考の段階で正直なところ、苦慮しました。でも人文学選考の事務の方の助言を得て、Aさんと決断できました。そして電話でAさんとお話をしていくうちに、この人と一緒ならオプショナルツアーを含めて、私の大好きな船旅ができるという接点を見つけることができました。それはAさんが「日常生活から抜け出して旅行に行きたい」と言われたことです。私は「日常生活から開放されて旅行したい」と常々思っていました。
 次の段階は待ち合わす場所、日時、当日着ていく洋服の事など、再度確認しました。最初に話し合った事をきちんと守り、その日を待ちました。さて初対面のボランティアの方と神戸から三泊四日の旅でした。旅の生活の3分の2は船の中という限られた社会でした。私はわがままで個性的な視覚障害者です。やはり実際にAさんに24時間しかも4日間介助をしていただいて、楽しんだことには間違いないと思いました。思い出して、大きく二つに分けました。一つは旅行以前に習いたてのインターネットで一生懸命学んだところにオプショナルツアーで行けました。愛媛県の松山と長崎県の壱岐でした。その土地にたたずみ、説明を聞き、歩き、触れてみて実感することができました。もちろん自分の記念になるショッピングもさせていただきました。思い出の二つ目は船内で洗濯、ダンス、唱歌、スカーフの結び方などに、チャレンジできました。中でもスカーフの結び方の時、Aさんはスタッフの方の説明を聞いて、理解力の薄れかけた私が納得するまで伝授してくださいました。客室に帰って、さらに復習をしてくださいました。これから私はしっかり覚えたスカーフの結び方を愛用していきます。この旅行とAさんのお名前そしてアドレスをフロッピーに入れて秘蔵します。本当にありがとうございました。
2002年4月28日
 次に、トラベルボランティアとしてMさんに同行したB1010・Oさんの体験談です。

 この度ははじめての経験をさせていただきました。旅行前から連絡を取り合っていましたので、特に心配はありませんでしたが、ただ忘れっぽくずぼらですので、相手の方に迷惑をかけるのではとそれが心配でした。案の定、旅行中は最初から最後まで失敗の連続でしたが、どんな些細なことでも心をこめて「ありがとう」といっていただき、不断の自分のふるまいを反省しています。ほとんど、たびたび彼女が視覚障害である事を忘れていて船旅を十二分に楽しみ、彼女が「ありがとう」と言ってくださったそれ以上のありがとうを心をこめて言いたいと思います。我が家に戻り、旅の後のすがすがしい気分に酔っていると共に、現実の厳しい社会を再認識しています。でも、しばらく鼻歌を歌いながら仕事ができそうです。JTVNの方々が、彼女のパートナーに私を選んでくださった事を心から感謝いたします。
4月27日




京都ツアー(2001年10月21日~25日)

 2001年10月実施されましたトラベルデザイナーおそどまさこさん企画・同行の京都ツアーに参加された盲導犬使用者、B1049・Nさん(茨城県在住・男性)のツアー体験談をご紹介します。この体験談は、そもそもツアー参加者達のメーリングリストに寄せられたものだったのですが、あまりにも楽しいお話だったので、Nさんにお願いして体験談としてホームページの載せることを了解していただきました。Nさんありがとうございます。Nさんは、おそどさんの「ドイツ:ビール&ワイン祭」ツアーに参加された時は単独参加でしたので、トラベルボランティアが同行しましたが、この京都ツアーでは奥様が同行なされたので、トラベルボランティアにまつわる体験談ではありませんが、京都寺社仏閣、バリアフリーのお話や、盲導犬のつまみ食いなど、とても興味深いお話ですので、皆さんぜひ読んでください。
 注意:文中8行目から12行目までの宇治平等院鳳凰堂のお話に関して、初めて読む方は理解しにくいかと思いますので、補足説明を加えてあります、ご了承下さい。それではどうぞ。

京都ツアー 体験談(B1049・Nさんより)
 京都旅行は妻と盲導犬と一緒に参加しました。妻は2年前に職場の方々と訪れています。私は昭和30年高等学校修学旅行以来で変貌ぶりを見たかった。二人とも金閣寺を見ていないことと、保津川下りをしていなかったことにて、意見一致して行ってまいりました。
 おそどまさこ企画旅行はきつく、めいっぱいの行程、何でも体験の旅は承知・・・。妻は疲れたみたい、私は元気いっぱいハッスルしてきました。

 旅行の印象を簡単に書きますと・・・
 1)バリアフリーの観点から
 まさこ様の言われるように宇治平等院鳳凰堂です。板の間で説明を聞くだけである故、盲導犬も上げられたのではないかと・・・?それに博物館に行っても係員を呼びますからお待ち下さいとのこと、時間がないからと断りましたが(ストップ)!!!。特別に説明してくれるかと思い待ちました・・・あまかった。無言のままついてくる。見張り番であった。最後におとなしいのね、賢いのね・・・ですって、あきれて何も言えなかった。
(補足説明:ツアー2日目、宇治平等院鳳凰堂のお堂の見学にあたって、「盲導犬」と「車椅子」と「杖をつく事」が断られました。国宝だから、という理由からでしたが、盲導犬と、杖は置いていくことができても、車椅子使用者の方は入ることができませんでした。また、お堂の中でも壁によりかかってはいけない、など厳しい制限がされました。杖をついて歩く方にとっては、バランスを保ちながら床に座っている事も大変であるにもかかわらず、それを注意し、一方では極楽浄土のお話をしている、という状況に企画者のおそどまさこさんが疑問を感じられたのでした。)
 それに反して、清水寺では本堂に上がり大きな鐘を、太いたたき棒にて二度たたき、心身に震動し響く音色の消えるまで祈念した。
 また、天の橋立・文珠荘の懐石料理を金屏風を前にしての食事・・・。盲導犬を後ろにダウンさせ、車椅子同行者はそのまま算段重ねの料理・・・殿様社長気分!!!。まさこ様のご努力(感謝)全国にこのような障害者に理解有る旅館食事所が多くなれば、個人旅行も楽しく企画実施出来るだろうと思いました。

 2)私の期待した観光コース
 船頭による川下りは日本ライン下りなど多数したが、保津川下りは左右の山頂高さ急峻な断崖絶壁、谷川幅も狭く滝壷に落ちるような落差のある流れ、船底が水面をたたく震動水しぶきをあびる・・・昔の武士の戦いを想像しながらの2時間・・・スリル満点の川下りであった。
 そして、金閣寺である、これまた運転手さん(チャーターしていた車椅子対応のタクシーの)と同行することができ、池に映える松と、三階建ての金閣寺の建築が、それぞれの階によって武家屋敷・庄院作りなどと違って建てられていることを知る、また歴史的な話まで説明を聞きながら山門まで。感激・・・感激・・・。
 話は初日にもどるが東寺の出店と参拝客の人混みにはびっくり・・・。21日の祭礼日とかさなり買物ひやかしどころではない。集合場所の方向がわからなくなり、右往左往・・・売り人に山門を聞けどもわからず・・・どきどき、はらはらの旅の始まりであった。

 3)中途断絶・思い違いの観光コース
 風が吹き雨降りひどく、整然と並ぶ灯篭の間をひと走り・・・時間がない伏見稲荷大社はどこに!!!?道は悪くなり、雨も一層ひどくなる。賽銭もあげずに手を合わせ引き返す(残念)
 京都御所の時代祭も雨のため順延予定いっぱい・・・楠政重・静御前あたりで退席する。最後まで見られなかった(残念)楽しみをもう一度残しておこう。
 天の橋立は初めての見学。ここも時間がない・・・急ぎ足写真を撮りながら途中にて引き返す。
私の思っていたことは股下からメガネ橋を覗いた風景が逆さに見えて絶景であると!!!と、この年齢まで思っていた!!!浅はかであった。

 4)最後にヘマをしたことを書いて終わりにしたい。
 錦通りのショッピングの時である。
 狭い道幅の店通り。盲導犬のネックチェーンを持ち注意して歩いていたが!!!鮮魚屋にて30cm位の魚一匹パクリ!!!。店主にわびて代金を払ろうとしたが受け取らず・・・必要でなければ払うことないと言う。賢い犬じゃものご苦労様と褒められ店を後にする・・・(注意)
 最終解散した後、京都タワーに上り、望遠鏡から京都全体を眺め、下のフロアーにて模型を見て京都駅へ向かいました。チケット売場についたのは3時45分、出発時間を聞くとのぞみ号4時09分のチケットを購入する。ブラブラとホームへ14号車乗車口に待つ。
 4時である、チケット売場におみやげを忘れたことにきがつく!!!妻が駆け足一番遠いところである。間に合うか?(急げ)列車が入って来た。お客さんが声を掛けてくれるが理由を言って先に乗ってもらう。私は乗車口前に立つ。ベルがなり終わる!!!。駅員二人駆け寄ってくる。どうしたのですか?降りたのですか?乗るのですか?私は慌てふためいて理由を言う。階段から女の人が来ませんか?駅員はみえませんと言う!!!。待てません!!!発車させます。後にさがって下さい!!!(残念)発車笛の合図にて静かに発車・・・列車を見送る!!!。妻は息を切らして駆け上がってくるが!!!列車を遠く見る。(がっくり)次は4時22分ひかり号自由席に乗れますとの事・・・座れることを祈りつつゆっくりと移動する。(清水寺のご祈念効果を期待)ひかり号入ってくる。右側3人掛の二つがあった。(安心)最後にあわてた、はらはらどきどきの旅であったが、東京駅にて高速バスに乗り換えて、無事9時過ぎに帰宅した。
 皆さんお世話になりました。また会える日を楽しみに・・・。




ベルギー・オランダ・デンマークツアー(2001年8月24日~9月1日)

 トラベルデザイナーおそどまさこさん企画・同行のもと、2001年8月24日~9月1日に行われた、ベルギー・オランダ・デンマーク9日間の旅にトラベルボランティアとして参加した、A1090のYさん(第一期登録者)と、B1018Fさん、そしてこの旅ではトラベルボランティアのサポートはありませんでしたが、帰国後登録され、JTVNを大変応援してくださるB1005Fさん、以上3名の方のお話です。3名の方、体験談をありがとうございました。またいつの日か、皆さんと旅で会える日を楽しみにしています。

 トップバッターはA1090のYさん。彼女は前半は盲導犬使用者の方をサポートし、後半、車いすを使用するの高齢者の方をサポートしました。

(1)ベルギーツアートラベルボランティア体験記(A1090・Yさんより)
 今回、トラベル・ボランティアとして初めておそどさんのツアーに参加させて頂きました。
初めて出会う、しかも年上の人ばかりの中での旅行ということで始めは正直緊張しました。盲導犬をつれた人、白杖をもった人、車椅子にのった人、一般に単独参加された人、トラベル・ボランティア幅広い年齢層の人たちが一緒に旅行をする企画、参加できて本当にうれしいです。

 北欧は福祉面で充実しているということで、どんなところに工夫がされているのか目を向けて見ました。まず、国民全体が将来を考え50%の税金を働いて払っていることに驚きました。それにより、将来に不安を抱えることなくおおらかな人柄でいられるということがすごくうらやましいです。

 街に目を向けると、博物館など公共の建物の入り口に車椅子でも安心して入れる設備が設けてあったり、鉄道のなかに広いスペースが設けてあったり、道路には車椅子が通りやすいよう二本の線がいれてありました。自転車道と歩道が同じ位の幅で別に区切ってあり、日本みたいに後ろを気にしながら歩かなくてよい事に感動しました。

 ベルギーのブルージュでは、北欧の介助犬が集まり催しが行われる‘HACHIKO,に参加させてもらい日本と北欧の違いをここでも学ばせてもらいました。

 ツアー中はどれも思いで深い出来事だったのですが、そのなかでも実際に肌に触れて体感したものはよく覚えています。

 北海の水をみんなで触って「つめたーい。」と感想を言い合ったり、ワーテルロー古戦場でライオンの像のあるピラミッドのような形をしたところの頂上を目指してみんなで登ったり、風車の並ぶ町へ行き実際風車小屋に登ったりしたことです。そして、最後の夜チボリではみんなで絶叫マシーンにのりました。ただ人数が少なくそれが残念でした。

 普段、私が同じ年頃の友達としか行かない場所にいろんな世代の人と訪れ一緒の乗り物にのって楽しめたことがすごく印象に残りました。目の不自由な方が、率先してのっておられる姿にびっくりしました。あまり絶叫物にのったことないわたしはびびってふるえていたのですが、その方に「大丈夫、大丈夫。」といってもらいすごく心の支えになりました。不思議と怖さもなくなり、楽しめました。

 わたしは、目が見えないことは本人にとってすごく悲しいことだと思っていました。しかし話を聞いていくうちに、今までの考えをくつがえされました。本当に挑戦的な人ばかりでその冒険心に感心するばかりでした。つい、制限するような言葉をかけてしまいがちだけど、それが一番かけてほしくない言葉だと言っておられました。
 誰でも冒険したいという気持ちはあります。それは体が不自由な人でもそうではなくても関係ありませんよね。

 わたしは、こんな考えをもっていたことと先入観で人を当てはめ腫れ物にさわる扱いをしていた自分が恥ずかしかったです。きっとこの旅に参加していなかったら気づいてなかったかもしれません。少なくともこの時期には気づいてなかったと思います。

 ボランティアとして一人の人につくことは何度かありましたが体が不自由な人をサポートし、旅をするのは初めてでした。大事なときに目を離してしまったり、うまく誘導や情景説明ができなかったり相手に安心して旅ができてもらえたという自信はありません。でもその分、周りの人たちに支えてもらいました。自分の意思ではなく本人に直接きくべきだったという場面に直面したり、怠りを注意されることが度々ありそのたびにへこんでました。今おもうと、ひとつひとつが改めてものごとを見直すいいきっかけでした。

 旅行の中で多くの人と話し、いろんな出会いができたことはすごくよかったです。年齢をききびっくりしたほどはつらつとした人が多く、私も元気に年をとりたいと思いました。最大の反省点は、うまく自分の時間が調整できなかったことです。最後は、疲れが隠せませんでした。相手は自分の鏡です。この言葉が重かったです。相手とギクシャクしてしまってはお互いに嫌な思いで終わってしまいます。もしわたしの気持ちが相手に伝わり不愉快な気持ちにさせてしまっていたら申し訳ないです。

 このツアーに参加された皆さんのおかげで迷惑かけつつお世話になりながら無事に旅を終えることができました。偶然再会するかもしれないし、もう会うこともない人もいると思いますが人生は一期一会です。忘れません。

 また機会があったら参加したいです。もちろんトラベル・ボランティアとして。

 2番目は、トラベルボランティア体験をしたB1018Fさんの体験談です。彼女は前半、視覚障害者の方をサポートし、後半弱視の女性を手引きし、その女性の旦那さんが(盲導犬使用者)が後ろを歩くという形のサポートを行いました。

(2)トラベルボランティア初体験(ベルギーツアー)(A1096・F・Eさんより)
 2001年8月24日~9月1日の9日間、視覚障害者と車椅子利用者の方々との海外ツアーにトラベルボランティアとして参加しました。私自身海外旅行は初めてで、見る物全て新鮮で感動的な旅でした。障害を持っているといっても中途失明の方なので、景色や建物の説明をすれば想像や雰囲気で楽しむことができるということでしたので、なるべく自分が感じたことや見える様を忠実に伝える努力をしました。

 不思議なもので帰ってきて、詳しく説明したり話したりした場所はよく覚えているのですが、あまり話をしなかった所は点々としか思い出さずつながっていかないのです。よく「大変でしょう」という人もいますが、私自身はとても楽しい旅でした。サポートするという目的で参加した訳だし、ボランティアの心得という企画者側の提示もありました。それはお互い旅を楽しむ為に自分のやり方をおしつけてはいけない。10人10色それぞれの思いを大事にどうやったらいいか、たずねることから始めるという基本姿勢があり、それでいてサポート側への自由時間をなるべく持つよう配慮された旅でした。本当によく考えられた旅だと思います。

 日本に帰った時、ちょっとびっくりしたことがありました。今回は盲導犬も4頭参加したのです。私たちの旅行先であるベルギー、オランダ、デンマークではホテル、レストラン、電車、道路いたる所で健常者や障害を持つ方達、盲導犬がいようといまいと普通に接してくれました。この9日間でそれが当たり前のようになっていたので、何も感じなかったのですが、成田空港で私の担当した盲導犬と一緒のご夫妻が、東京行きのバスに乗る時、一番後ろの席に乗るよう指示されたからです。おとなしい訓練された犬なのになぜ?と聞き返すと「運転手さんが気が散るから」との答えでした。私はビックリして「え!なんで!」と言ってしまったのですが、今の日本では盲導犬に対する認識が薄いと思います。家庭犬と訳が違います。皆さんもう少し理解し温かい目で見て欲しいと思いました。

 それと、これも実際あったことですが、盲導犬を連れていくと先々で水を飲ませるようすすめてくれたり、「ビスケットをやっていいか?」と聞くホテルマンの人がいたり、とても親切でした。が、一つだけ日本と違うところがあると家族の方が言っていたことは、みんないいかどうか聞いてくれる。日本は聞く間もなく「はい」と言って置いたり投げたりして物をくれる。それが困ると・・・・。

 皆さん、これも自分たちの反省として心に止めておいてください。人間も犬も同じ扱いのヨーロッパの方達に感謝です。

 ベルギーツアー体験談、3番目にはB1005・Fさんです。弱視であるFさんはこのツアーに単独参加しました。実はこの文章はおそどさん宛に書かれた手紙でありましたが、体験談として、ぜひ皆さんに読んでいただきたいと思い、本人に了承をとった上でHPに載せました。それではどうぞ。

(3)ベルギーツアー体験談(B1005・Fさんより)
 今回参加させていただいて諦めかけていた「海外旅行」に自信と勇気が持てました。ありがとうございました。ほんとに楽しい旅でした。北海の水に触れるなんて、風車にのぼれるなんて、よその国の電車に乗れるなんて、国境を歩いて渡れるなんてetc。どれもこれも今までのツアーでは経験できないこと、信じられないことばかりでした。もう、毎日が楽しくて、楽しくての9日間でした。飛行機を待つ時間も楽しかったです。盲導犬と一緒に参加した方とお話ができたからです。視覚障害の方から、いっぱい情報をいただくことができました。「これ知ってる?声で教えてくれる万歩計」「これ知ってる?音声時計」へーえ、そういうのがあるんだ。「藤谷さんは、まだ盲人の初心者だな。玄関でチャイムを押したようなもんだな。いつでも連絡して。わからないことがあったら、力になるよ。」ありがたかったです。なんて優しい人達なんだろう。私の方が見えているのに、見えない皆さんの方が、いきいき溌剌としてらした。私よりも何倍も旅を楽しんでいらっしゃった。「いろんな所に旅行に行きました。でも、どのツアーでも私は半人足扱い、半人前なんですね。時間に遅れないよう、早め早めに行動しても「障害者は遅いからなぁ」の視線」私だけではなかったんですね。必死でついていっても、「やっかい者」から抜け出せませんでした。今回のツアーは、とにかく、気持ちが「楽(らく)」でした。なぜかなー。「がんばって、ついていかなくっちゃ」と気負わなくても良かったからかな。流れが、とてもゆるやかだから、流れが、とても優しいからです。早起きの時もありました。大急ぎのランチもありました。でも、ちっともいやではないのです。おそどさんや添乗員さんの「これは見せてあげたい!」「なんとしてもこれには乗せてあげたい!」の気持ちがずんずんと伝わってくるからです。ありがとうございました。ほんとに楽しい旅でした。

 成田に着いたとき、「あれ、なんだか違うな」と感じました。いつものリュックを背負って、いつもと同じ所を歩いているんだけど、違うんです。今までのツアーでは、成田に着いた時「あー終わった」緊張感から解き放たれた喜びが強かったのです。万里の長城も見てきました。でもやっぱり「あー終わった」の方が強かったのです。毎日が必死でしたから。でも今回は違うんです。「あー終わった」でも「あー終わっちゃった」でもないのです。1日1日が満たされていたので「楽しい旅だったな」なのです。とりあえず、見てきた今までの旅と違って、一つ一つの場所が出来事がしっかり生きているのです。今も一つ一つの思い出が、重さを持っているのです。映画の一コマではなく、思い出の中に私がしっかり参加して入っているんです。うまく書けませんがどうかわかって下さい。

 この旅は、今日で終わり。でも「あー終わっちゃった」残念だな、さびしいなではないのです。「さて、次はどこに行こうかな」と続くのです。こんな気持ちで成田に降りたのは初めてです。もう嬉しくて嬉しくて、スキップしたくなりました。(ころんでは大変なので、グッと我慢しましたが、にんまりの顔はしまりがなかったと思います。)おそどさんに会えて良かった。このツアーに出会えて本当に良かった。ありがとうございました。




ハワイ

 ハワイにトラベルボランティアと共に旅行されたのは、第一期に登録されていた、A1077・Eさん(千葉県在住・女性)です。Eさんからハワイ旅行の申し出を受けたのは、2001年4月でした。そして、4月下旬から、5月中旬あたりにかけて、ホームページと郵送で、トラベルボランティアの募集をかけました。Eさんは、視覚と聴覚に障害を持っていらっしゃって、初めての海外旅行にEさんの妹さん同行のもと、トラベルボランティアを必要となさっていました。募集の末、合計7名の立候補があり、Eさんご姉妹の選考により、B1058:Sさん(千葉県在住・女性)がトラベルボランティアに選ばれました。そして2001年6月初旬、ハワイへ4泊6日の旅に出発されました。まずEさん(妹)の体験談、次にトラベルボランティアSさんの体験談を載せています。どうぞご覧下さい。

ハワイ旅行感想(A1077・Eさん)
 初めてトラベルボランティアを利用させていただきまずはなんの支障もトラブルもなく旅を終えたことを心から嬉しく思います。ありがとうございました。私の今回のトラベルボランティアを利用させていただいた目的は、
 (1)視覚と聴覚の障害、そして体力もタフではないということ。
 (2)その為ツアーなどにはとてもついていけないということ
 (3)海外旅行はまるで初めての私たち(姉妹)
 (4)向こうで妹が何かの用が出来たとき、私1人になるようなことがないようにということ。以上の事から、ボランティアさんをお願いしたしだいです。

 私たちとSさん(トラベルボランティア)とは、和気あいあいコミュニケーションもうまくいき、共に感じ、笑い、食事をし常に3人一緒に行動しました。でも私の場合は妹が同伴でしたのでボランティアさんには肉体的、精神的な負担はおかけしてはなかったと信じています。

 このシステムの会員に入る前後は正直なところなんとなく曖昧な感じを持ちました。
「何のためのボランティアなのか」1,2度疑問を持ったことも確かです。でも後半に入ってようやく目的が叶えられそうというゆとりが持てるようになり、そしてSさんという経験豊富な方にめぐり会いハワイ旅行を楽しむことが出来ました。障害者と言っても障害の程度はいろいろです。利用目的も色々でしょう。

 さて、私たちはツアーでなく個人の旅行でしたからやはり、満足度は十分に得られました。生まれて初めてのビジネスクラスのサービスには驚き、リムジンというすばらしい車でガイドさんによるオワフ島の観光では、ガイドさんの心配りにはなんとお礼を言って良いか。ディナークルーズでのフラダンスショーも見ながらの食事のおいしかったことは、ハワイならでわの味わいでしたし、下船するときは、歌い手や踊り手の方達との握手したのも思い出に残ります。

 いよいよハワイを去る日の朝、廊下でメイドのおばさんにまた「いかがですか」(Sさんの通訳)と話しかけられ名残惜しむように握手をして、ホテルを後にしましたが現地の人達とのふれ合いも私とってハワイはより印象で良い旅行でした。

 私は最初にも言いましたが、ツアーではなく自分の体力に合わせて、気ままな旅行で満足が得られます。それだけにお金もかかります。私も人並みに夢に見た海外旅行が実現できたことをとても幸せに思います。

 最後にJTVNの方、いろいろとお世話になり、ありがとうございました。

 次に、トラベルボランティアとして、同行したB1058のSさんのお話です。
Eさん、念願が叶って本当に良かったと思います。JTVNとしては、試行錯誤を重ねている段階ですので、何かと戸惑われた点もあったと思います。しかし、トラベルボランティアと共に、快くハワイく旅行を楽しまれたようでJTVNもとても嬉しいです。レポート、ありがとうございました。

ハワイ・トラベルボランティア・レポート(B1058・Sさん)
 旅行中のトラブルや事故はありませんでした。

 今回のハワイ行きはRさん(Eさん姉妹のお姉さんの方。視覚と聴覚に障害を持っておられる方です。)の強い希望で実現したわけですから、ご本人の行きたい場所の確認と大好きなショッピングの店の場所を事前に調べました。ただ漠然とおみやげが買いたいではなく、このお店の指輪がほしいとか、民芸品がほしいという希望がありましたので逆に案内する方としては楽でした。ただ、昼間は暑いし、長い間飛行機に乗ってきてお疲れの様子でしたので長い時間歩きつづけるのはよくないと判断しぐるぐる迷ったりして余計歩かせないように二人の歩くペースに合わせて希望の物を一つ一つ買っていきました。

 ショッピングセンターはとても広いので疲れていないかどうか聞きながらベンチで休みながら動きました。

 だいたい午前中に出発した場合午後の三時ごろにはホテルに戻りました。十分休息をとり七時ごろホテル内のレストランで夕食をとりました。

 一緒に行動して気づいたことは、目の不自由なRさんにとって段差の上り下りに苦労されていました。JTBのトロリーバスもステップが高すぎて乗れませんでした。トラムはステップが低かったので一度だけ乗りましたが本数がトロリーより少ないかったので、せっかくいただいたフリーパスもほとんど使いませんでした。体の小さい私でも高いなーと思ったくらいですから子供や高齢者の方々は無理ですね。

 Rさんは耳も不自由なのでやはり自分の手で物に触ることで感動しているようでした。香水も好きなので、一つ一つ咲いている花を触りながら香りを楽しまれていました。一日タクシーで観光したのですが、「エマ女王のサマーパレスが一番よかった」と話していました。普通は十分ぐらいのところですが、椅子やベットや陶器を一つ一つ丁寧に触り説明を聞きながらその時代にタイプスリップしたような楽しそうな様子でした。いっぱんに、本当は触ってはいけないものですが、現地の方々は嫌な顔をせず「どうぞ触ってください。」とおっしゃっていただき感謝しています。さりげなく手を差し伸べてくれる人がたくさんいてとてもうれしかったです。

 最後にこのような機会をあたえてくださった事に心から感謝申し上げたいです。




アフリカ・ケニアサファリツアー

 2001年3月におそどまさこさん企画・同行のもと、アフリカ・ケニアサファリツアーが行われました。キリマンジャロの雪、サバンナの風の香りや、ナクル湖のピンクの海、フラミンゴの大群等、アフリカ・ケニアでサファリを楽しむ11日間の旅でした。そのツアーでトラベルボランティアをされた、B1023・Nさんの旅行記を紹介します。Nさん、何度もメールいただき、ありがとうございました。これからもJTVNをよろしくお願いいたします。

ケニヤ・トラベルボランティア旅行記(B1023・Nさん)
 ケニヤの旅行案内が届たときアフリカという未知なる大陸への憧れとボランティア旅行とはどのようなものなのかという期待と興味が入り混じり迷わず申し込んだ。

 出発日の3月16日全員が始めて成田空港の控え室で対面した。総員27名、男性9名、女性18名、最高齢は79歳の方である。そのなかで車椅子を常時又は時々利用される方が4名、全盲の方が3名含まれていた。この時始めて私がお世話をすることになるI夫婦を紹介された。70歳を少し超えられた方でご主人が車椅子を常時使用されている。この方は9年ほど前に脳溢血で倒れ当初は歩けるほどまで回復されたが6年ほど前から殆ど車椅子に頼る生活になられているという。左半身が麻痺され手すりがあれば何とか立っていられといった状態である。又、口も左半分が麻痺しておられるので、言葉もやや不明瞭である。

 不安そうな顔でこちらを見つめておられ私も内心大丈夫かな?感じたものである。

 機内で奥様を挟んで両隣に座り色々とお話を伺った。会う前、相性の合わない方だったら困るなと思ったこともあったが杞憂であった。

 国内は奥様が車で近場をあちこち連れておられるようだが海外は車椅子になってから始めてとのこと。ボランティアといってもどの程度お世話をすれば良いのか手探りの状態であったが原則的には部屋の外での移動、トイレ、乗り降りに関わる介助ということで臨んだ。

 成田からバンコク、ドバイ経由で24時間後にようやくナイロビに到着。現地時間の昼過ぎで気温は30度近辺であるが乾燥しているのでそれ程暑さを感じない。27名がこれからずっとお世話になる5台の車に分乗し愈愈ケニヤツアーの始まりである。今回の行程は赤道近くのアバーディア国立公園から始まりナクル湖―マサイマラ―ナイロビーアンボセリ(キリマンジャロ周辺)と約1500kmを全て7-8人乗りのサファリカーで移動し、この車から動物を観察するのである。

 印象としては半分以上が未舗装の道路で時には土埃にまみれ、時にはよくもこんな所をと思うような石だらけの道路もあったが行く先にはどんなロッジがあり又そこではどんな動物が見られるのかという期待に溢れてのドライブであった。

 ケニヤでは4箇所のロッジに6泊したがどのロッジも周囲の環境に融け込んで素晴らしい雰囲気であり私は特にマサイマラのロッジが気に入った。ロッジの従業員も日本人観光客が多いせいか親しみを込めて話し掛けてくる。

 さて、愈愈最大の関心事である動物観察であるが、サファリカーが思い思いに草原を走り動物を探すのである。インパラ、ヌー、キリン、像などは頻繁に見ることが出来たが皆さん期待のライオンやチータなどはなかなか姿を露さない。何処かの車が見つけると無線の知らせで他の車も一斉に寄ってきて正に千両役者である。

 私が一番印象に残ったのはチータの親子3頭が狩をしようかと遠くのインパラを眺めている姿で、インパラもそれを察してその間の緊張感が伝わって来た時である。結局廻りに余りにも多くのサファリカーが集まり狩どころではなくなったようでごろりと横になってしまったのは残念であった。ただ今回のサファリで普段TVなどで紹介されている殆ど全ての動物を見る事が出来たように思う。

 アンボセリではキリマンジャロも全容を顕わし、当初予定していたものは全てクリアすることが出来たのではないかと思う。唯一残念であったのはナクル湖での大量のフラミンゴの飛翔する姿を見ることが出来なかったことぐらいであろうか。

 食事はどこもバイキング形式であったが野菜、果物が豊富で料理も洗練されており飽きることはなかった。

 Iさんは日を追う毎に顔に輝きが増し、食欲も旺盛でアフリカのビールをおいしそうに飲んでおられた。こういう姿に接するだけで介助の疲れも癒される。

 今回の介助の内容を振り返ってみると、結局、機内、車への乗り降りとトイレの介助が殆どであったという印象である。これらも、パーサー、運転手、又添乗員の上山さんなどの助けで何とか無事に終えることが出来たと思う。

 帰路に立ち寄ったドバイの砂漠サファリ、バンコクでの夕食を含めて11日間の旅行であったが、充実した毎日で1日が随分長く感じられ3週間ぐらい日本を不在にしたような感触が残った。

 旅行の印象は同行者とホテルでかなり左右されるが、私にとってケニヤを舞台にその両方に恵まれ普通のツアーと違う貴重な体験をすることが出来、大きな財産になった。
これからも気にいった企画があれば参加したいと思っている。




チュニジア
 2000年末から20001年にかけて、トラベルボランティアと共にチュニジアに行った会員番号B1069:Uさんの体験レポートです。彼女は大手一般のツアーに申し込み、JTVNでトラベルボランティア探したトラベルボランティアと共に2000年の暮れ、チュニジアに旅立ちました。JTVNの入会案内、またはホームページ「トラベルボランティアの報酬~ケースバイケース~」で「ケースその1」と紹介しています。体験談はUさんとお電話でチュニジア旅行のお話を聞きました。
Uさんありがとうございました。彼女が次に行きたい国は次に行きたいのはイタリアだそうです。

B1069:Uさんのチュニジア体験
 ~21世紀特別企画、21世紀をサハラ砂漠で迎える~

 チュニジア、21世紀の初日の出をらくだに乗ってサハラ砂漠を見るツアーに参加したU子です。
 ツアーの参加人数は16名でした。私にとって、チュニジアで新世紀を迎えられたことは、新たな出発と出会いの起点となる旅行でした。 自分の物事への発想転換。それは、メドウィン族ベルベル人の自由という考えから、自然の中で学び、一体となる価値基準に異なる文化との、会合がある文化交流に自然との対話から共和を学んできました。自然と一体となる文化に自由であるという精神力から何気ない生活にも、忙しさの中にも、心の進化がありそれこそが自由であることをそしてこれが一番大切なことだと思っています。

 いろいろなアクシデントはありましたが、地中海性気候、ステップ気候、砂漠気候、海と砂漠のコントラスト、自然美あるゆっくりと流れるチュニジアのタイム、時の流れ、名物料理、食文化の違い、交流の中に、生まれる友情がありました。それはマトマタのベルベル民家の見学、オングジャメルのベドウィンの人々との出会いの中だけではなく、スルーガイドさんとの会話の中にも感じることができました。なんといっても21世紀の初日の出をらくだに乗って約1時間半サハラ砂漠で迎えられたこと、オングジャメルの落日はすばらしく、感動しました。4WDでのアクションドライブとても楽しく、マトマタのベルベル人の少女に京絵巻のハンカチをあげて喜んでもらったことをそして、トーチライトセレモニーのカクテルカウントダウンパーティーが記念になりました。

 添乗員さん、ツアー参加者の皆さん、ボランティアさん、お世話になりありがとうございました。
 次にトラベルボランティアさんとの関わりについて。一般のツアーに参加の場合はトラベルボランティアで仕事であること、旅行費用の何%を負担していることを出発時に皆さんに話しておくべきです。そうでないと参加者の障害者への対応が違ってくるからです。観光中、前半はがんばり過ぎちゃったので後半はサポートしてもらうときが多かったので体力を付けるようにしましょう。添乗員さんの説明や施設内見学、フリータイム時にもボランティアさんの一人でいられる時間は必要です。
最後になりましたが、ジャパントラベルボランティアネットワークの盛会になることを願っています。